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古代における「点・線・面」の位相変容

― 日本古代統治空間における中心位相とTOPOSの持続 ―

*はじめに

本稿は、基礎条件構造学および体験構造学の観点から、神籠石式山城および古代山城の空間構造を読み解こうとする仮説的整理である。

ここで述べる内容は、考古学的年代観・編年研究・発掘成果を否定するものではない。また、既存研究を置き換える意図もない。

あくまで、

「空間がどのような統治思想を体現しているように見えるか」

という観察的・構造的視点からの一つの試論である。

【用語説明】

基礎条件構造学とは、
空間や遺構が「どのような秩序や行動を前提に成立しているか」を構造から読み解く視点である。

体験構造学とは、
空間が身体に与える感覚(囲まれ感・緊張・向きなど)を手がかりに、その背後にある構造的意味を考える視点である。

いずれも、考古学的事実を否定するものではなく、空間の読み方の一つである。

序章|本稿の立場

太宰府政庁跡の復元された建物と広場
福岡県 大宰府政庁跡

本稿は、前方後円墳・神籠石式山城・古代山城・国府・国分寺を、個別の築造目的や機能論から再定義するものではない。

年代順に並置したときに見える、

  • 空間構造の変化
  • 水の扱いの変化
  • 視点の高さの変化
  • 門の性質の変遷
  • 中心の性質の変化

を、大枠で整理する試みである。

なお、本稿の年代区分は便宜的な座標であり、装置の完全な置き換えを意味しない。実際の歴史過程では各装置は世代をまたいで併存し、ある時期において「優勢層」となる傾向が認められるにすぎないと考える。

構造格子(時間 × 空間 × 水 × 視点 × 中心)

優勢化の帯主装置空間構造視点中心
4〜6世紀に優勢前方後円墳点的中心構造象徴的境界水なし地上から仰視被葬者
6世紀に抽象化傾向円墳・方墳抽象化された単純形周溝継続なし仰視の縮小首長層
6世紀末〜7世紀に顕在化神籠石式山城線的外周構造管理機能水門水門領域把握外周線
7世紀後半に優勢化古代山城閉鎖防衛構造補給・維持水城門防衛視線城郭内部
7〜8世紀に整備国府・国分寺面的区画構造制度的生産水正門鳥瞰的把握政庁

この格子は、各装置が重層的に併存する中で、どの構造が優勢層として前景化したかを示す骨格である。

第Ⅰ章|4〜6世紀に優勢:点的中心構造(前方後円墳)

造山古墳の巨大な墳丘と周囲の風景
岡山県 造山古墳(国内第四位)

対象例:
大仙古墳(大阪府堺市)
造山古墳(岡山県岡山市)

巨大墳丘と周溝によって、中心が可視化される。空間は「一点に収束する構造」を持ち、水は被葬者を俗世から隔絶する象徴的境界として機能する。

視線は地上から見上げる仰視的構造であり、権威は上方に置かれる。中心は被葬者の身体そのものであり、統治は可視化された中心性に依拠している。

この構造は後代に完全に消滅するのではなく、意味層を変えながら存続する。

第Ⅱ章|6世紀に抽象化傾向:円墳・方墳

鬼の窟古墳の石室と周辺の自然環境
宮崎県 鬼の窟古墳
大谷一号墳の方形墳丘と石室の様子
岡山県 大谷一号墳

対象例:
鬼の窟古墳(宮崎県西都市)
大谷1号墳(岡山県総社市)

前方後円墳の終焉後、形は単純化される。複合構造は分解され、空間構造は抽象化された単純形へ移行する傾向が見られる。

円形は方向性を持たない均衡構造であり、中心から均質に広がる空間を表す形態である。

方形は辺と角を持ち、方向軸を明確に示す構造であり、空間を直線的秩序で区切る性質を持つ。

この変化は単なる縮小ではなく、空間構造の抽象化段階と捉えることも可能である。

周溝は継続し、水の象徴性は維持されるが、仰視的構造は次第に縮小する。中心は依然として人物であるが、その空間的表現は簡潔化する。

第Ⅲ章|6世紀末〜7世紀に顕在化:線的外周構造(神籠石式山城)

石城山神籠石の列石と山岳地形の外周線
山口県 石城山神籠石

対象例:
御所ヶ谷神籠石(福岡県行橋市)
石城山神籠石(山口県光市)
雷山神籠石(福岡県糸島市)

点的中心構造がなお存続する中で、外周線を強調する構造が顕在化する。列石・版築土塁によって外周線が強調され、水門が設けられる。

水門は排水や管理機能を担った可能性を持ち、同時に外周構造の一部として配置される。象徴水と制度水の中間段階として読める位置にある。

視線は一点への仰視ではなく、領域全体を把握する方向へ広がる。中心性は被葬者の身体から外周線へと分配される。

第Ⅳ章|7世紀後半に優勢化:閉鎖的防衛構造(古代山城)

金田城の石垣と城壁の防衛構造
長崎県対馬 金田城

対象例:
大野城(福岡県大野城市)
基肄城(佐賀県三養基郡基山町)
屋嶋城(香川県高松市)
鬼ノ城(岡山県総社市)

外周は閉鎖され、防衛機能が強調される傾向が見られる。

水は象徴よりも補給・維持機能に重点が置かれる。水が通る開口部から、人が通る出入口へと、開口部の性質が変化する。

視線は外敵を想定した防衛視線となり、内部と外部が明確に分節される。中心は城郭内部へと集約される。

ただし、旧来の外周型装置が完全に消滅したわけではない。

第Ⅴ章|7〜8世紀に整備:面的区画構造(国府・国分寺)

対象例:
太宰府(福岡県太宰府市)
備中国分寺(岡山県総社市)

統治装置は山上から平地へと重心を移す。

方形区画と直交道路によって、空間は面として整理される。

水は生産と徴税のための制度的インフラとして位置づけられる。

正門は制度秩序の出入口となり、管理の目として機能する。

視点は俯瞰的把握へと移行し、地図的空間理解が前提となる。

中心は政庁という制度的機構へと置かれる。

終章|TOPOS(場所)と中心の重層

本稿では、各統治装置を年代順に並置し、空間構造の変化を整理してきた。

その推移は、

点的中心構造
線的外周構造
面的区画構造

という空間把握の拡張として読むことができる。

同時に、

象徴的境界水
管理機能水
制度的生産水

仰視的構造
領域把握
鳥瞰的把握

身体中心
構造中心
制度中心

という変化の傾向も確認できる。しかし、この変化は単純な置き換えではない。面的統治が整備された後も、点や線の空間は消滅せず、意味層を変えて存続する。巨大古墳は神域として扱われ、山城は信仰や伝承の場となる。

ここで注目すべきは、統治装置としての機能を終えた後も、場所そのものが意味を帯び続けるという現象である。

本稿では、この持続性を
TOPOS(場所)
という語で表す。

TOPOSとは、制度や権力構造が変化しても、空間が意味の層を重ねながら存続する現象を指す。

したがって、日本古代の統治空間は、装置の交代ではなく、中心の位相変化とTOPOSの層化の過程として理解できる可能性がある。

点は消えない。
線も消えない。
面が重なり、優勢層が移ろう。

古代日本の統治装置の年代推移は、単線的進化ではなく、場所の記憶が折り重なる層状構造であったと考えられる。

本稿は、その構造仮説を提示するものである。

「空間構造の変化は、空間を経験する身体の位置の変化とも対応する可能性がある。」

管理者
山城Q

歴史構造ライター/体験構造研究者/Topos Field Lab 代表
西南日本を中心に、これまでに500ヶ所以上の山城・関連遺構を歩いてきました。現地の地形や縄張、周囲の環境をもとに、山城や地域がどのように成り立ち、人と関わってきたのかを記録・発信しています。

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