京都

周山城(京都府京都市)|安土城的思想の地方展開版

山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:中級(★★☆)
登城路は整備されており迷いにくいものの、城域が広く歩行距離は長めです。
階段や切岸も多く、一定の体力と継続的な歩行が求められます。

山城Wレベル:W3(★★★)
城内の導線は単純で、空間構成を把握しやすい造りです。
遺構と地形の関係が分かりやすく、歩きながら城の構造が自然と頭に入ってきます。

登城口 → 尾根道 → 曲輪群 → 本丸跡 → 周回・下山
所要時間:2時間00分

アクセス・駐車場

駐車場は、道の駅 ウッディー京北をお借りしました。

現地レポート

これまで、織豊系城郭はたくさん見てきました。今回の周山城は、明智光秀築城で総石垣城郭だったとのこと。どんな風なのか楽しみです。

大手門跡から

実は、この日は、大雪の翌日でした。しかし、雪はもう降らないということで、天気予報と雲の流れとの睨めっこしながら、道の雪が溶ける日中に来てみました。

大手門から登ります。

大雪のあととはいえ、それほど道はぬかるんでおらず、進行には問題がありませんでした。

小空間

山城Q
山城Q

登り始めてすぐ

まだ、登り始めて10分程度ですが、このような広い空間がありました。通常、山城では、登り始めはタダひたすら登るだけというか登らされるのが常道です。何か「おかしい」と疑問に感じました。

そこから、開けた場所を進みましたので、雪が~。しかも、ちょっとパラパラと降り出してきました。急がねば~。山の気候は崩れやすい。

兵糧蔵

何やら虎口風が見えてきました。曲輪に到着したかな

山城Q
山城Q

は???

「兵糧蔵??」。なぜ、こんなところにある??しかも、大手門から登り始めて、まだたったの20分です。おかしい。本来なら、こんな大事なところは、城の裏か奥に合っても良いはずなのに。

なにか、私が知っている「織豊系城郭」というか山城とは違う気がします。なんというか縄張りが緩い。

ふと上を見上げると、石垣跡?がパラパラとあります。この上は曲輪っぽい。上部から攻撃されるのでしょうか。

(中間分岐点)二ノ丸

列石が見えますので、この辺りも本来は石造りの階段だったのでしょう。いよいよ城内って感じですね。

ま、雪であまり見えないですが、

少し、登り土塁のように見えます。詳しくは分かりませんが。

主郭部

周山城の主郭は、周囲を石垣で固めた総石垣構造です。安土城期の築城思想を反映する近世城郭ですね。ここを中心として四方尾根伝いに城郭が広がっています。

【推定】主郭外周石垣の一部(破却で崩れた石が散りやすい帯)

虎口もきちんと設けられており、見学しながら西へ移動。あんまりゆっくりも見ていられない。

【推定】主郭内部の平場(本丸の中心寄り)

小性曲以西

【推定】主郭内部:石垣際(周縁)または段差(建物基壇寄り)

ここから先がこの城の真骨頂です。時期的にも、草や雑草が全くありませんので、来てよかったです。

【推定】天守台(櫓台)候補:主郭内の高まり/基壇の縁

というか、軽くワンプッシュで石垣が

山城Q
山城Q

崩れそう

【推定】天守台(櫓台)候補:石垣が集中する区画
【推定】天守台(櫓台)候補:段差・石列が強い場所

尾根筋に沿って曲輪が続きます。野面積みでよく積み上げたものです。なんとも無骨です。岩石的特徴もあって、見ごたえがあります。

【推定】主郭北側:北虎口を抜けた先の尾根曲輪(下り基調の段郭)

しかし、侵入禁止地区も多く、リアルに危ないです。特に今は雪で地盤が緩いので、これは対策を取らないとどんどん崩れそう。

【推定】北尾根の曲輪列:尾根に沿って続く小郭
【推定】主郭南側:南虎口〜南尾根の曲輪群(間隔が出る段郭)

今回は、雪がまた降ってきそうでしたので、これで探索は終了。

安土城的思想の地方展開版

周山城は、防衛を極限まで突き詰めた山城というよりも、支配拠点としての性格が前に出た構造を持つ。総石垣で尾根を固め、主郭を中心に曲輪を展開する姿は、単なる籠城拠点以上の意図を感じさせます。

登城初動で強く遮断するのではなく、段階的に中枢へ導く導線。兵糧蔵とされる区画が比較的前寄りに置かれる配置。いずれも、防衛一辺倒では説明しきれない構成だ。城内の流通や運用を前提とした設計がうかがえます。

安土城が象徴性と権威を石垣によって可視化した城であったとすれば、周山城はその思想を地方拠点に落とし込んだかたちに近い気がします。

規模や加工精度は異なりますが、「守るための城」から「支配を示す城」へという転換の延長線上にあるのではないでしょうか。

石垣の量感の裏にあるのは、単なる軍事合理性ではない。周山城は、安土城的思想の地方展開版として読むと、その構造の意味が理解できますね。

この城の概要

周山城(しゅうざんじょう)は、京都府京都市右京区京北周山町にあった明智光秀築城の山城で、天正7〜8年(1579〜1580年)頃に完成した大規模な総石垣造りの城郭です。

標高約480〜509mの城山を中心に南北600m・東西1300mに及び、東の城(石垣主体)と西の城に分かれ、天守台を含む先進的な近世城郭の原型を備え、交通要衝の周山街道を監視する戦略拠点でした。

本能寺の変後わずか数年で廃城となったため、遺構が良好に残り、15カ所以上の石垣・曲輪などが現存する貴重な史跡です。

地質をみてみる

山城Q
山城Q

なんか、難しいところにある。

場所としては、丹波帯に属する付加体で、海洋プレート由来の堆積物が付加した地質のようです。
砂岩・泥岩・チャート・緑色岩(変成玄武岩)などが混在しています。あんまり均一ではないです。

結局、この特徴的な硬そうな岩石は、緑色岩系の岩石になります。積み上げるのが難しそう。

この山城の魅力|3つのポイント


① 体験価値(ウェルネス)
登り始めて間もなく空間が開け、以降は尾根上を歩きながら段郭が続きます。主郭に近づくにつれて石垣が増え、身体の感覚と構造理解が同時に進みます。

② 遺構の固有性
山体の現地石を用いた総石垣構成で、野面積みの石が尾根に沿って連なります。主郭周辺には高まりを伴う区画もあり、中枢部の構造が明確です。

③ 景観・地形の固有性
尾根を素直に使った連郭式で、北・南へと曲輪が伸びる構成です。高低差と尾根方向が一致しており、地形と縄張りの対応が分かりやすい城です。

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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