
山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★
山城ウェルネス
山城ACTレベルと山城Wレベル
ACT理由
登城道は整備され、所要時間も比較的まとまっています。一方で、登り口周辺の道が細く、駐車や取り回しの判断が難しい点があります。足元には硬い岩が多く、注意が途切れにくいため中級としました。
W理由
頂部の空間は、防御一辺倒というより「場として使う」雰囲気が強く残ります。視界が開ける地点が明確で、到達の手応えがはっきりします。巨大な岩盤上に立っている感覚が強く、W3相当です。
主なルート
登り口から尾根道の整備道を進み、段状の曲輪群を経て先端の堀切へ。さらに進むと、岩盤上に広がる最高所に至り、往路を戻ります。
累積標高差と所要時間
累積標高差:未計測
所要時間:約1時間30分(目安)
駐車場 アクセス
登り口は、ここになります。この坂は道が細く、軽自動車以外は諦めた方が良いです。しかも車を停めて置ける場所はありません。離れた場所に停めて、歩いた方が賢明です。
現地レポート
チャート岩石祭り

至る所に転がっています。硬いので踏むと「カラコロ」と音がします

途中の空堀と竪堀壕にも大量のチャート岩石があります。これは、投石にもってこいですね。当たると相当に痛いでしょうし。

道は整備されているので、スイスイ登ることができます。
巨魁チャート曲輪


チャートが剥き出し。これは大きい
頂上に着きました


広い空間に何段かあります。


先端は、堀切で仕切られております。


この空間は、なんというか優雅な雰囲気です。戦うための城という気がしません。実際に「酒宴」なども開かれており、その際に、松の葉が落ちてきた。松の葉は縁起物ということで、城名が「岩瀬城」から「松葉城」に変わったらしい。その雰囲気は分かります。

さすが、雅です
眺望

岐阜城よりは標高は高いが、比高は低いものの、良く見渡せます。岐阜城から城下を見渡した織田信長に近い気分も味わえます。こちらの城主は、名門・西園寺家!
堀切

堀切もあります
チャートテーブルにようこそ


なんだここは

最高所にきてみれば、ここは巨大なチャート岩石の上に出来た山城だということが良く分かります。それにしてもさっきよりも高い。見晴らし最高。
地質を確認

この地質を見た時に、「お!これはあそこと似ている」とピンときました。ここは、「付加体」地質で、堆積岩の「チャート」と「砂岩・泥岩」が交互に存在しています。
松葉城は、チャートの上に出来た堅固な山城です。ちなみに、どこと似ているかと申しますと


岐阜城!!
なのです。こちらも堆積岩の「チャート」と「砂岩・泥岩」が存在しており、長年の風化で砂岩・泥岩が流れで、硬いチャートが剥き出しになったということです。
チャートは、別名「火打石」と言われるほど相当に硬い。しかも、泥岩や砂岩よりもさらに深い場所に堆積した「化石」ですので、それが地上に剥き出しなっているということは、いかに海洋地殻の動きが力強いかということを物語っています。

それにしても、この「松葉城」の立地を確認すると、良い場所に築城していると思います。織田信長の岐阜城も似たような突端に造られておりますし、街道を抑え、標高も高いので攻めにくく守りやすい城だったと思います。
西園寺家は、この辺りの王様ですから、岐阜城の織田信長と言い、チャート層は、王様に愛されるのですね。
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
登城道は整っており、一定のリズムで登れます。終盤で視界が一気に抜け、場の切り替わりがはっきり感じられます。
② 遺構の固有要素
頂部には段状に造成された広い空間があり、先端は堀切で明確に区切られています。要点がまとまっており、城域の把握がしやすい構成です。
③ 景観・地形の固有性
高所から宇和の盆地側を見渡せます。足元には硬い岩盤が露出する箇所が多く、城の骨格そのものが表に出ているような感覚があります。
この城の概要
松葉城(まつばじょう)は、愛媛県西予市(旧宇和郡)に位置する中世山城で、西園寺氏の本拠として約170年にわたり使用された居城です。
宇和盆地を見下ろす比高約200mの山頂に連郭式の曲輪群・土塁・堀切・竪堀が良好に残り、頂部は巨大なチャート岩盤を基盤とした堅固な地形を活かした構造が特徴です。
後に拠点が隣接する黒瀬城へ移されたものの、優雅な空間配置と眺望の良さから「雅な山城」として評価され、現在はハイキングコースとしても親しまれています。
周辺観光・温泉(地域共鳴)
温泉:游の里温泉
泉質:アルカリ性単純温泉
刺激が少なく、肌当たりがやわらかいのが特徴で、入浴後はすっきりとした感覚が残ります。
無色透明でクセが少ないため、登城後や歩行後でも入りやすく、体をゆっくり休める用途に向いています。地元の利用者も多く、日常使いの温泉として親しまれている泉質です。
拠点の変遷を「城の型」で読む
松葉城から黒瀬城への拠点移動は、単なる本拠地の変更ではありません。
この変遷は、城郭の構造思想そのものが切り替わった痕跡として読むことができます。
松葉城 未分岐直行型の拠点
松葉城は、登城開始から山頂までが一直線につながる構造を持っています。
途中に性格の異なる場や、判断を要求される区間はほとんどなく、歩き始めた瞬間から
「登る → 籠もる」
という目的へ一気に収束していきます。
これは、未分岐直行型の典型的な構造です。
初期拠点や非常時拠点としては合理的ですが、日常的な居住や統治を担う場としては、柔軟性に欠ける側面があります。
選択肢がない代わりに判断も不要であり、強い一方で、構造としては硬直的な城といえます。
黒瀬城 中間分岐型への転換
それに対して黒瀬城は、明らかに異なる構造を備えています。
登城の早い段階で遺構がまとまり、連郭式の骨格と眺望によって「居城感」が立ち上がります。ここで体験はいったん安定し、その先に進むか、留まるかを選べる余地が生まれます。
黒瀬城は、途中で立ち止まり、状況を判断できる城です。これは、未分岐直行型から中間分岐型へ移行したことを示す構造といえます。
岡城の存在が示す構造
黒瀬城の背後には、より堅固な土塁で囲い込まれた岡城が築かれています。
黒瀬城から直接連続するのではなく、一度城域の性格が切り替わり、改めて進入する動線が取られている点が重要です。
岡城は、黒瀬城が危険になった際に、次の行動を選択した結果として向かう詰城と考えられます。つまり黒瀬城そのものが、分岐点として機能することを前提に配置された城なのです。
拠点変遷の整理
この流れを整理すると、構造は明快になります。
- 初期:松葉城
未分岐直行型の城であり、 単純で強い一方、選択肢を持たない拠点です。 - 中期:黒瀬城
中間分岐型の城であり、 居城・統治・判断を担う拠点となります。 - 後期:岡城
分岐後に選ばれる詰城であり、 非常時に特化した防御拠点です。
西園寺家は、城を「より高く」「より硬く」する方向ではなく、状況に応じて判断できる構造へと拠点を進化させたと考えられます。
まとめ
松葉城から黒瀬城への移行は、未分岐直行型から中間分岐型への思想転換を示しています。拠点の変遷そのものが、城郭構造の成熟を物語っています。
黒瀬城が中間分岐点として成立したからこそ、その先に岡城という選択肢が成立しました。この城域は、城の防御力ではなく、「判断の構造」が更新された瞬間を、現在も明確に残しているといえるでしょう。

免責
本記事は現地での一次体験記録をもとに整理したものです。登城環境は天候や路面状況により変化します。現地案内と自身の安全判断を最優先してください。駐車や通行については地域のルールを守り、迷惑行為は避けてください。






コメント