
山城ACTレベル:初級 ★☆☆
山城Wレベル:W3 ★★★
山城ウェルネス
山城ACTレベル:初級 ★☆☆
城内に駐車場があり、取り付き・導入の負荷がほぼ無い(移動コストが小さい)。主要動線は整備され、危険箇所(崖・藪・滑落リスク)を主因に難度が上がるタイプではない。負荷の中心は「登山」ではなく「曲輪群の周回・分岐判断」だが、体力的負荷は軽い。
山城Wレベル:W3 ★★★
馬蹄形の曲輪展開により、立ち位置の変更=視界・射界・死角の切り替えが連続的に起きる。本城・古城・新城の“作りの違い”が明確で、同一城内で構造層が切り替わる。門(冠木門)、堀切、付け曲輪、土塁などが要所にあり、遺構密度と動線の意味付けが両立している。
主なルート
駐車場 → 本城周辺 → 西・東曲輪群 → 古城 → 新城
累積標高差と所要時間
所要時間:約1時間
駐車場 アクセス
現地レポート

確かに馬蹄の形になっている。しかも、曲輪がいくつもある。この辺りとしては、珍しい気がします。また、逆に高知に多い竪堀を多用した畝状竪堀がないという点も気になります。
仕掛け

駐車場からすぐに入口です。何も考えずにここに来た時点で

ハイ、終了!

何も知らずに入ってくる敵はいないと思いますが、見事な

キルゾーン
になってます。三方がから撃たれます。これが馬蹄形上の特徴。

井戸がありますが、こんな井戸を見ている間に三方から撃たれます。
西曲輪の冠木門

第十曲輪
名前の通り、このお城は、どんどん増設されていった様子。本城、古城、新城と存在し、この場所は、周辺を土塁に囲まれた第十番目の曲輪です。


復元でしょうが、土塁が美しい。外側に向けて作られております。場所的にも非常に重要拠点。

馬小屋だったということでしょうか。

こういう演出もあり

第十曲輪の両端に翼にような付け曲輪があります。凝った造り。
堀切通路

本郭の西隣にある西第二曲輪と第三曲輪の間に切り立った堀切があったとのこと。この角度は急です。そういえば、これによく似た堀切を石川県の鳥越城でも見ました。あそこも急な角度でした。
本城

主殿舎、台所、番小屋などがあったとのこと。景色は最高。


本城主郭下の石垣。破却されているのか、崩れているのか。土地柄、まとまった石が取れない切実な感じが伝わります。
遠望


標高は低くても、これだけ遮るものがなく見えれば、問題はなし。こちらも特徴的な山が多いですね
本城からみた馬蹄側

新城が良く見えます。あちらはあちらで立派な平坦地が確認できます。

西第十曲輪の馬小屋。ここも展望がきくように木が伐採されているように感じます。なかなか、これだけ整備された山城も少ないのではないでしょうか。
古城の方へ

際際の道を下っていきます。



冠木門


東第四曲輪と古城第二曲輪の間に設けられた門跡。西側と同じようなパターンですね。
古城


標高は153m。建物跡9棟、石打棚1基などなどが見つかっているとのこと。
新城

木の種類が変わり、急に雰囲気が変わります。一瞬、高原を歩いているかのような錯覚。

すると、この切岸の高さです。帯曲輪もしっかりしており、明らかに本城、古城とは作り方が違います。

本城の主郭部。かなりの広さがあり、確かに作り方が新しい。どれだけの建物が建っていたのでしょうか。


先ほどとは、逆に西第十曲輪、本城を眺めます。
地質を確認

高知や愛媛の地形で、特徴的なのは「付加体」。この黄色い部分です。
この四国地方は、主に海洋プレートが大陸プレートに沈み込む環境で形成されており、世界でも非常にまれな複雑な地質の地域である。
国立研究開発法人産業技術総合研究所 四国に残された日本列島5億年の歴史 -20万分の1地質図幅「高知」(第2版)-
特に、この沈み込み帯では、地下浅部で付加体が、地下深部では変成岩や深成岩が、さらに表層では浅海成層とマグマの噴出による火山岩が形成される
ということになります。岡豊城の項でも紹介しましたが、地下の話ですが、海洋プレートは、海洋地殻とその下のマントルの一部からなります。
海洋地殻は、海嶺で噴出した玄武岩溶岩の上に、深海堆積物や海山を載せています。これらの一部は海洋プレートが沈み込むときに、海溝にたまった土砂とともに大陸側に押しつけられ、はぎ取られてしまいます。これを付加作用といい、はぎ取られた地質体を「付加体」といいます。
ですので、太平洋側が新しく大陸側が古いということになります。

ここ、河後森城もそのど真ん中にあるのが見て取れます。はぎ取られた地質なのでゴチャゴチャになっているようで、礫や砂が混ざった地質であるようです。

しかし、国土地理院図で確認すると、この山城の堅城さが理解できます。広見川、堀切川・鰯川の三つの川に囲まれた独立丘陵。最高所の本郭を中心として、馬蹄形に曲輪が展開しています。
この城の概要
河後森城(かごもりじょう)は、愛媛県北宇和郡松野町に位置する中世の山城で、国の史跡に指定されており、愛媛県内最大級の規模を誇ります。
伊予(愛媛)と土佐(高知)の国境に築かれ、渡辺氏(河後森氏)が居城として使用し、長宗我部元親の四国統一や豊臣秀吉の四国征伐の影響を受けながら変遷しました。
三つの川に囲まれた独立丘陵上に馬蹄形の曲輪群が広がり、土塁・堀切などの遺構が良好に残る堅固な山城です。
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
駐車場からすぐに城域へ入り、序盤から判断を迫られる動線が続きます。曲輪を重ねて進む構成で、集中が切れにくい歩きになります。
② 遺構の固有要素
馬蹄形に展開する曲輪群と、冠木門・堀切・付け曲輪などの組み合わせが明確です。竪堀を多用しない構成も印象に残ります。
③ 景観・地形の固有性
標高は高くありませんが、遮るものの少ない遠望が得られます。本城・古城・新城を見渡せる視界の切り替わりが特徴です。
周辺観光・温泉(地域共鳴)
温泉:森の国ぽっぽ温泉
泉 質:単純温泉<低張性弱アルカリ性冷鉱泉>
低張性とは、身体に対する刺激が少なく「肌にやさしい温泉」で、お子様からお年寄りまで安心して入れる温泉です。
観光地:滑床渓谷
渓谷沿いの散策路が整備され、城跡とは異なる地形を体感できます。
グルメ:松野町周辺の食事処
地元食材を使った定食や麺類が中心です。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。



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