山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス
山城ACTレベル:中級 ★★☆
入口から最初の曲輪までは約10分ですが、黒瀬城から岡城まで連結して歩く構造のため、歩行総量が伸びます。一度林道へ出てから城域へ復帰する動きが入り、戻る/進む/直登の判断が必要になります。
山城Wレベル:W3 ★★★
黒瀬城→林道→直登→岡城と場面が切り替わり、体験の密度が落ちにくいです。
黒瀬城の連郭的な骨格と、岡城の土塁で囲い込む堅固さが対照的で、同一エリア内で性格差を比較できます。
主なルート
下側駐車場 → 黒瀬城(城域)→(一の郭裏の堀切を越えて)林道へ → 直登で岡城側の城域に復帰 → 岡城(主郭周辺)
所要時間:1時間30分
駐車場 アクセス
立派な駐車場が二か所あります。管理人は、下の駐車場から登城しました。
現地レポート

この日は、野球かなんかの大会があり、思いっきり県外ナンバーの真っ赤なMINIだったので、かなり怪しまれました。しかも、みんな野球のユニフォームですが、一人、登山装備でしたので。あるあるですけど。

入口から登りますと、すぐに土塁と竪堀が見えます。
東屋 対岸の松葉城


この先に、旧城の「松葉城」があります。
土塁と水溜めの池


三の郭



作りとしては、しっかり残っています。

(中間分岐点)一の郭

連郭式の山城です。
土塁と空堀


サイドには空堀。作り方としては、古く室町時代かなあと思ことも。
それにしても、この黒瀬城は、戦闘的山城というより、「ドン」と構えたタタズマイというか、落ち着いた感じを受けます。その理由は、対岸の「松葉城」に登ると、その理由が分かると思います。
さらに奥へ

一の曲輪裏のこの堀切を越えると

舗装された道を発見。「たぶん、林道かなあ~」と思いながも、進む
林道

やはり林道にでました。ここは思いっきり作業場。ほんと雨の日でなくて良かった。
しかし、ここで方向感覚がおかしくなりました。奥にある岡城に行きたいのですが、別の道に出てしまった。この後のこともあるので、戻ること時間が欲しいと思った管理人は、
直登して岡城へ

先ほどの踊り場から、まっすぐに直登することにしました。すると、空堀?を見つけました。
再び城域に入る

やがて、どこかの曲輪に出ました。ここは岡城。それにしても、先ほどの黒瀬城とは全く雰囲気が違う。戦う山城風で堅固に土塁で囲っている。

しかも、これは、ちょうど木の伐採直後の様子。枝打ちされ、光が入って非常に遺構が見やすい。林業の作業員の皆さま、ありがとうございます。伐採直後で草もなく、素晴らしいです。来てみるもの。

この主郭手前の郭の土塁の「分厚さ」。これクラスはあまり見ないですね。太い。しかも、かなり綺麗に残っていて、ハッキリ確認することが出来る。これは、映画の

ベトナム戦争の悲惨で過酷な真実を徹底したリアリズムで描写した、1987年製作の戦争ドラマ。
に出てきそうな丘陵。まさに「岡城」。
主郭

主郭周辺の土塁も太く高い。

地質を確認
黒瀬城というので、「もしかして、あの謎の黒瀬川構造帯との関係があるのでは!?」と思い、地質図を確認してみました。しかし、

そこは関係ない
ということがわかりました。ちょっと距離が遠いです。

この黒瀬川構造帯は、周りに見られる岩石と全く異なる特徴を持つ岩石を見ることができる場所なのです。
しかも、総延長1,000kmにも及ぶ特異な大規模な断層帯で、九州から四国を経て関東に至るまで、西南日本の東西に分布しています。初めて研究されたのが、城川町にあった旧黒瀬川村のため、「黒瀬川構造帯」と名づけられた様子。
特徴は、周りの黄色い部分は、2億年前程度の「付加体」ですが、その中に、はるかに古い4億5,000万年前の岩石が見られることです。

また出てきた「付加体」
「付加体」では海でできた岩石がみられますが、黒瀬川構造帯では「大陸でできた岩石」が見られます。さらには、暖かく浅い海で生きていたサンゴの化石(ハチノスサンゴ)も見つかっています。黒瀬川構造帯は、遠い大陸に存在していた大地の一部ではないかと考えられています。
その大陸の岩石は、「超苦鉄質岩」である

「蛇紋岩」
そうです。この黒い帯の岩石は「蛇紋岩」であり、岡豊城の石垣はこの「蛇紋岩」で出来ているというわけです。超レア。
※参考:四国西予ジオパークHP参考

そんな黒瀬地区ですが、ここ黒瀬城と岡城は、黄色の付加体の中にあり、堆積岩の「チャート」と「泥岩」層にあります。つまり、海洋プレートが沈み込むときに、海溝にたまった土砂とともに大陸側に押しつけられ、はぎ取られた場所。

黒瀬城に登城してすぐに出会った重なった堆積層。叩くことを忘れたのですが、たぶんチャートだと思います。海底のモノがここまで隆起したということですね。

これだけでも感動モノ。無骨
気付き
100名城の黒瀬城と岡城。とくに、この二城の性格は違うように思えました。黒瀬城は、「居城」という感じでドンと構えた雰囲気でしたが、岡城は「詰城」という感じで、堅固な土塁が強固さを物語っておりました。
この山城の魅力|3つのポイント
- 体験価値(ウェルネス)
序盤から遺構が立ち上がり、歩行の集中が作りやすいです。途中で方向感覚が崩れやすく、復帰判断が体験の核になります。 - 遺構の固有要素
連郭式の骨格がはっきりし、土塁・竪堀・堀切が連続します。黒瀬城は「ドンと構えた」居城感、岡城は土塁で囲い込む「堅固さ」が対照的です。 - 景観・地形の固有性
対岸の松葉城が見える位置関係があり、「同じ谷・同じ視界の中で性格の違う城を連結で体験できる」点が特異的
この城の概要
愛媛県西予市の黒瀬城は、標高約350mの黒瀬山に築かれた中世山城で、西園寺氏の本拠です。
16世紀後半に西園寺実充が拡張し、長宗我部氏の侵攻で天正12年(1584年)頃落城・廃城となりました。 岡城は黒瀬城の西背後の支城で、技巧的な土塁・堀切・曲輪が残り、遊歩道整備された山城跡として人気です。
両城とも宇和盆地を望む眺望が良く、遺構の保存状態が良好な連郭式山城群です。
まとめ
短時間で曲輪と虎口、そして瀬戸内の遠望まで拾える山城でした。印象に残ったのは、下りの砂道。最後に一度、足元で気を引き締められます。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。





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