神奈川

小峯御鐘ノ台大堀切(神奈川県小田原市)|関東の土の城は、なぜ「広い」のか 北条氏の発想

山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:中級 ★★☆
駅から徒歩圏内ながら、堀底への出入りや法面の勾配が明確で、足運びと平衡感覚への集中を要する。登山的な急登はないが、深度と折れの連続で身体負荷は中級クラス。姿勢制御とペース配分が前提。

山城Wレベル:W3 ★★★
都市部の動線から一気に堀底へ降りることで、空間の傾斜と深度が視界・進路を制御し、没入が途切れにくい。東・中・西堀の連続と折れ・土橋が持続的な緊張感を生み、歩行そのものが遺構理解に直結する深度からW3としました。

主なルート
小田原駅 → 小峯御鐘ノ台大堀切(東堀・中堀・西堀) → 小田原城 → 小田原駅

所要時間
合計3時間

アクセス・駐車場

アクセス:小田原駅から徒歩(片道30分程度の体感)
駐車場:未計測(周辺のコインパーキング等の利用が前提)

現地レポート

小峯御鐘ノ台大堀切周辺の地形図(国土地理院を加筆修正)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能)

今回は、駅から歩きます。ですので、地図で見ると片道30分です。ま、なんてことはありません。

小田原城周辺(道中の風景)
小田原城周辺(道中の案内・景観)

道すがら、施設の説明書きが置かれていて、丁寧です。しかも、ちょっと土塁があれば「あれは、遺構か!?」と思ってしまうほどのテンションのあがりよう。

小峯御鐘ノ台大堀切東堀の威容

山城Q
山城Q

きたーーーーーー

小峯御鐘ノ台大堀切 東堀(全景)

小峰御鐘ノ台大堀切は、3本!東堀、中堀、西堀。小田原城の西側を防御する最重要拠点!

小峯御鐘ノ台大堀切 東堀(堀底方向)

ちょっと降りてみます

小峯御鐘ノ台大堀切 東堀(堀底から見上げた法面)

なんだこれは~??平衡感覚がマヒする

山城Q
山城Q

映画「インセプション」の世界観

木って、まっすぐ伸びないこともあるんですね。

小峯御鐘ノ台大堀切 東堀(堀底の様子)

かなりエグイ測量によると、

幅    20m~30m
高さ   12m
法面勾配 50度

途中で登れなくなる

小峯御鐘ノ台大堀切(法面と堀底のスケール感)

ちょっとした土橋を越えると

小峯御鐘ノ台大堀切(土橋付近)

さらに続く!

山城Q
山城Q

見どころですよ

小峯御鐘ノ台大堀切(折れ・曲がりの区間)

横矢掛かり!進路を妨げられる

小峯御鐘ノ台大堀切(Uターンする区間)

ちょっとUターンすごい~。

小峯御鐘ノ台大堀切 間堀

小峯御鐘ノ台大堀切 間堀(現地写真)

小峯御鐘ノ台大堀切 中堀

小峯御鐘ノ台大堀切 中堀(現地写真)

中堀は、車道になっています。

山城Q
山城Q

ここって車で通れるんだ!

小峯御鐘ノ台大堀切 中堀(切岸の高さが分かる区間)

奥の切岸というか崖というか、その高さ!10mぐらいはあるのではないだろうか

小峯御鐘ノ台大堀切 中堀(現地写真)
小峯御鐘ノ台大堀切 中堀(現地写真)

小峯御鐘ノ台大堀切 西堀

小峯御鐘ノ台大堀切 西堀(現地写真)

西堀には関しては、あまり散策できない模様。

通常、山中に堀切があった時点で、大喜びなのに、これだけ素晴らしい空堀が至るところにある。しかも、「アクセス簡単、遺構の保存は良好、歴史的意義は大きい」と三拍子揃った「THE 日本一の堀切」でした。

御鐘ノ台

御鐘ノ台(現地案内・看板)

ここの堀切ってことですね

地質を見てみる

小峯御鐘ノ台大堀切(堀底から見上げた法面)

これだけの深さで、当時はもっと深かっただろうと思うと、単なる土ではないだろうかと思い地質を調べると

山城Q
山城Q

面白いことが分かりました

小田原城周辺の地質図(産総研シームレス地質図を加筆修正)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

この小峯御鐘ノ台大堀切らへんの地質は、

付近の地層は箱根火山の約6万6000年前の大規模噴火(箱根東京テフラ(※1))に伴う火砕流堆積物(※2)及びそれを覆う関東ローム層(※3)である。

小田原用水は箱根板橋付近から早川の水を引いたものである。

箱根ジオパーク推進協議会HPの該当アドレスより転載 

とのこと。火砕流と関東ローム層なんですね。

この城の概要

小峯御鐘ノ台大堀切は、小田原城の総構(外郭防御線)の西側を固める日本最大級の三連空堀(東堀・中堀・西堀)で、北条氏の築城術の極致として知られています。

幅20〜30m、深さ12m前後、法面勾配約50度の巨大な空堀が連続し、土橋・折れ・横矢掛かりを巧みに配置して敵の進路を極限まで制御する構造が特徴です。

現在も保存状態が良好で、小田原駅から徒歩圏内というアクセス性の高さから、都市近郊で本格的な堀切体験ができる代表的な遺構として、続日本100名城の構成資産にも含まれています。

この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
駅から徒歩で到達できる導線にもかかわらず、堀底に降りた瞬間に身体感覚が切り替わる。空間の傾斜と深度が、平衡感覚への集中を自然に引き出す。

② 遺構のスケールと連続性
東・中・西の三本が連続し、途中に土橋や折れが挿入される構成。歩を進めるほど視界と進路が制御され、滞在中の緊張が持続する。

③ 保存状態とアクセス性
保存は良好で、説明板も点在。都市部からのアクセスが容易で、初見でも体験の密度が落ちない。

周辺観光・温泉(地域共鳴)

温泉:箱根湯本温泉
駅~堀切~城下歩きのあとの締めに入れやすい。

観光地:小田原城
堀切(総構)を体験したあとに見ると、城の見え方が変わる。

グルメ:小田原おでん
練り物文化が強い土地の名物として、歩いた日の食事に合う。

小田原城の気になる点

小田原城(堀が畑になっている様子)
小田原城(堀周辺の風景)
小田原城(堀周辺の風景)

堀が畑になっている

山城Q
山城Q

ん!?あれは何??

小田原城(石垣が崩れている箇所)

石垣が崩れている!?城割??は無かったですよね。ここ。この崩れ方は、、、もしかしたら、、、地震??

震災後の熊本城を思い出しました

小田原城(中込石が散乱している様子)

中込石の散乱でしょうか。

北条氏政・氏照の墓所

北条氏政・氏照の墓所(案内表示)

季節は12月。12月といえば、クリスマス。商店街は、華やかに飾られております。一人、晩御飯を食べに彷徨っておりましたが、

小田原の商店街(夜の雰囲気)
山城Q
山城Q

お!!

北条氏政・氏照の墓所(現地案内)

たまたま発見しました。いやいや書かれている内容が、ちょっと重い。。。大事なことなんですが
周りのクリスマスの雰囲気とは真逆で地元で大切にされているとのこと

北条氏政・氏照の墓所(現地写真)

【コラム】関東の土の城は、なぜ「広い」のか

関東の城跡は、山城のような急登よりも「広い城域」と「空堀の連続」で体験が成立します。

本稿では、北条氏の土の城(滝山城など)から、小田原城の総構、江戸城へ続く「歩かされる城」の発想を整理します。

① A3になれない土地で、何が起きたか

関東の土の城を歩いていると、「危険な登り」や「詰め上げられる恐怖」はあまり感じない。比高は低く、岩場も少ない。山岳城のように、一気に身体を追い込む構造(いわゆるA3的な負荷)は成立しにくい地形である。

これは設計の未熟さではない。そもそも、関東平野ではA3が成立しないという前提がある。

② 面積と周回で作られた「歩かされる城」

そこで選ばれた解が、城域の拡張と周回構造だった。

滝山城のような北条流の土の城では、比高こそ抑えられているが、城域は異様なほど広い。空堀、馬出し、虎口、クランクが連続し、一本道は消される。歩く者は、上下動を繰り返しながら、何度も曲輪を回り込まされる。

ここで生じるのは、急激な負荷ではない。じわじわと効いてくる、持続的な身体消耗である。

危険ではない。しかし、確実に脚にくる。関東の土の城は、強度ではなく「量」で身体に作用する城だった。

③ 到達点としての小田原城と江戸城

この思想が突き詰められた先に、小田原城と江戸城がある。

小田原城では、城郭は山の上に収まらず、城下町全体を含む巨大な防御空間へと拡張された。江戸城に至っては、外郭・内郭・郭外まで含め、都市そのものが城域となる。

ここでは、もはや急峻さは不要になる。歩かされる距離と時間そのものが、防御となる。

関東の土の城は、「登らせて追い込む城」ではなく、「歩かせて消耗させる城」へと進化した。滝山城は、その完成形の一つ手前に立つ、象徴的な存在だと言える。

まとめ 関東の城は「登らせる」より「歩かせる」

関東の土の城は、A3になれない地形制約を、面積と周回によって克服した城郭体系である。

【免責】

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

コメント