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JR三ノ宮駅の線路沿いに「加納町第1架道橋」が架かっています。ここはフェンスがあるので、おそらく多くの人は気が付かずに通り過ぎ去ってしまう場所なのですが、良くみると「謎の穴」が開いています。
これは、太平洋戦争中、昭和20(1945)年6月以降制空権が無くなったことで、神戸市内にもアメリカ軍戦闘機の機銃掃射が増えたそうで、その痕跡だということです。
確認できる機銃掃射痕から、使用機体を考える
では、どの艦載機による銃痕なのかというところが気になるところです。ちょっと検証してみました。
今回確認した鋼板には、複数の貫通孔が集中して残っていて、いずれも孔の縁が大きくめくれ上がっています。塗装と鋼板が押し広げられ、楕円形や裂けるような変形を伴っている点が特徴です。
この変形の大きさから、7.62mm級の小口径機銃ではなく、より高い運動エネルギーを持つ弾丸が使用された可能性が高いと考えられます。
実際、弾痕の直径は周囲のリベット頭や補強材と比べても明確に大きく、12mm以上の破壊痕と見てよい状態でした。

7.62mm級の小口径機銃
また、平板部分だけでなく、補強リブ付近や構造材の縁でも同様に貫通していることから、高初速・高貫徹力の機銃弾による掃射と整合します。これらの特徴は、アメリカ軍が広く使用した12.7mm(.50口径)重機関銃の弾痕とよく一致します。

12.7mm(.50口径)重機関銃
機体は何??
神戸のような沿岸都市に対し、1945年に繰り返し低空掃射を行ったのは、主に空母から発進する艦載機でした。艦載機の主力として大量に運用されていたのがF6Fヘルキャットであり、後期にはF4Uコルセアも本格的に艦上運用されています。
いずれも主武装は12.7mm機銃6門です。

かなりの重武装
対抗し得た日本海軍機 紫電改
アメリカ海軍機が装備した12.7mm機銃6門は、弾数と持続性を前提とした重武装でした。これに正面から対抗できた日本海軍機は多くありませんが、例外として挙げられるのが紫電改です。
紫電改は20mm機関砲4門を集中配置し、瞬間火力では米艦載機を上回る力を持っていました。当たれば一撃で戦闘不能にできる武装です。
ただし、弾数が限られるため、長時間の掃射や対地攻撃では不利でした。12.7mm機銃6門が「当たり続けて壊す」武装であるのに対し、紫電改は「当てて終わらせる」戦い方に特化した機体だったと言えます。
つまり、鋼板に残る弾痕は12.7mm重機関銃によるものであり、使用機体としてはF6Fヘルキャット、あるいはF4Uコルセアが有力候補となります。
なかでも運用数と時期を考慮すると、主力はヘルキャットだった可能性が高いと考えられます。

F6Fヘルキャット

F4Uコルセア
「同じ12.7mm×6門でも、ヘルキャットは安定して当て続ける、コルセアは速度で詰めて叩く」
現在目にすることができるこれらの弾痕は、具体的な物理現象として実感させてくれます。鋼板に残された変形そのものが、当時の低空掃射の現実を伝えています。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。




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