WWⅡ

友ヶ島砲台跡(和歌山県)|鋼鉄と煉瓦の不抜の堡塁

友ヶ島砲台跡を象徴する廃墟風景(レンガ遺構と自然が溶け合う景観)

戦跡巡りとしては、絶対に外せないのが、誰もが知る

山城Q
山城Q

由良要塞友ヶ島

一般名「友ヶ島砲台跡」。

明治23年(1890)に陸軍が友ヶ島に近代的な砲台を建築して以降、軍備が強化され一般人の渡航は禁止され、戦時中は「地図から消された島」となった「友ヶ島砲台跡」。

地図から消された島系って多い。

現在、友ヶ島砲台跡は、煉瓦と自然に飲み込まれた明治の要塞遺構が、まるでラピュタ的な世界に迷い込んだような幻想的な廃墟美を放ち、訪れる者をタイムスリップさせる無人島の秘境となっています。

そんな人気観光地なので、計画的に訪問する必要があります。何せ船で渡り、見学しないと帰りの船の時間に間に合わないとアウトになります。駐車場も何ヶ所かあります。

アクセス

友ヶ島汽船の乗船口付近(加太港側の発着エリア)

船の名前も「そのまんま」。わかりやすい。でも、この無人島は地元の人にとっては、「ラピュタ的」よりもキャンプ場としての方が有名だそうです。

当日も、キャンプ装備の団体がたくさん居ました。なので、散策メインの観光客と2パターンに分かれるようです。

友ヶ島へ向かう船と港の様子(渡航前の雰囲気)

渡航に関しての最新情報は、「友ヶ島汽船 公式サイト」でご確認下さい。

現地レポート

乗船時間は、20分。ハッキリいってワクワクしかありません。

友ヶ島到着後の島内風景(案内センター周辺)

さて、友ヶ島案内センターから、反時計回りに見学をしていきます。この島はルートになってるので迷うこともありません。

友ヶ島の散策路(島内周回ルートの道標・遊歩道)

第5砲台跡

第5砲台跡の外観(明治期の砲台遺構の一部)

第5砲台跡は、由良要塞の一部として明治期に設置された砲台で、北側防御や死角カバーの役割を担ったスナイドル・カネー式砲6門を配した施設とのこと。

第5砲台跡に残る鉄製扉(鋼鉄扉の痕跡)

鋼鉄扉が残っているだけでも貴重。

第5砲台跡の内部通路(レンガとコンクリートの構造)

実戦で使用されることなく終戦を迎え、現在はその原型をよく残し、明治期の防衛思想を伝える遺構として公開されています。

第5砲台跡の開口部と壁面(要塞遺構のディテール)

第2砲台

第2砲台跡は、由良要塞の中核を担った主力砲台であり、大規模な地下構造と煉瓦建築によって、近代日本の海峡防衛思想を最も立体的に示す場所です。

つまり、第2砲台「要塞の顔」。第5砲台 「要塞の裏側・詰め」。

第2砲台跡の煉瓦構造(地下施設の入口付近)
第2砲台跡の崩落した壁面(侵食で傷んだ要塞遺構)

それにしても、かなり壊れています。どうも現在は、台風の波風などで浸食され壁が崩れ落ち、危険な状態であるため、立入禁止となっています。仕方がない。

第2砲台跡の厚いコンクリート構造(防御施設の断面)

それにしても、分厚いべトン。これが壊れるって、やっぱり自然ってすごい。

第2砲台跡の煉瓦壁(色味と積み方が印象的なレンガ)
第2砲台跡のレンガ造りアーチ(明治期の要塞建築)

このレンガが強烈。めちゃくくちゃキレイ。どこの煉瓦なのかちょっと調べてみると、基本的に国産。明治期の建設時に、大阪府南部(泉州地域)の煉瓦工場(貝塚煉瓦、日本煉瓦、堺煉瓦など)で作られたものが大量に使用されており、刻印からもそれが確認されているらしい。

逆に、瀬戸内海 芸予要塞の小島砲台跡のようにドイツ(ハンブルグ)から輸入した西洋煉瓦を使ったケースもある。煉瓦作りはカッコいい。

第2砲台跡の弾薬庫群

第2砲台跡の弾薬庫群(煙突が立つ棲息掩蔽部周辺)

主力の砲台だけあってガチガチに要塞化されている。この煙突は当時の物であれば、かなりレアかも。何をする場所だったのだろうか。

ちなみに、この造りを棲息掩蔽部(せいそくえんぺいぶ)と言いますが、だいたい要塞跡には必ずあります。

ただし通常は、上部は厚さ1mぐらいのアーチ状コンクリートで覆われていますが、ここは、レンガ装飾がされています。何か特別な意味があるのかもしれません。

要塞のために岩を砕いて作られた道(軍用道路の雰囲気)

いかにも、軍隊が作りましたという感じの道。強引に岩石を砕いて作ったのが分かります。

キャンプ場

友ヶ島のキャンプ場風景(無人島のキャンプエリア)
キャンプ場周辺の設備と広場(島内の宿営スペース)

ここのキャンプ場は、他のキャンプ場とは事情が違います。ここは「無人島」。夜は真っ暗。かなり面白そうです。どんな体験になるのか分かりませんが、ワクワクしかありません。

いつか、タイミングがあえばやってみたいですね。なお、冬季休止期間: 12月1日〜2月末日です。

第3砲台跡

第3砲台跡は、友ヶ島における最主力砲台。

第3砲台跡の砲座(円形の窪みに大砲が据えられていた場所)

この2つの円形の窪みは、かつて「28cm榴弾砲(りゅうだんほう)」という大きな大砲が設置されていた場所です。ちなみに「28cm榴弾砲(りゅうだんほう)」とは、

芸予要塞 小島 28cm榴弾砲(りゅうだんほう)のレプリカ 

これになります。このままスッポリにハマっていたということになります。

榴弾砲とは、高い仰角で砲弾を打ち上げ、放物線を描いて障害物の向こう側の目標を攻撃する火砲のことです。

友ヶ島の第3砲台には28cm榴弾砲が設置され、敵艦の最も装甲が薄い上面を狙い撃つことを目的としていました。

第3砲台跡の名物撮影ポイント(レンガの通路と光が差し込む構図)

ここが有名な撮影ポイントですよね。かなり幻想的です。素敵です。

第3砲台跡のレンガ遺構と植生(廃墟美が際立つ景観)

第三砲台跡の「弾薬庫前通路(地下弾薬庫列)」

第三砲台跡の地下弾薬庫列(弾薬庫前通路のレンガ回廊)
第三砲台跡の地下通路(弾薬庫へ続くトンネル状の空間)
山城Q
山城Q

ん??

左下の方は?何??騎士???見てはいけないものかもしれない。

第三砲台跡の通路床面(湿り気と陰影が強い地下空間)
第三砲台跡の弾薬庫前通路の全景(連続する開口部とレンガ壁)

地上部から階段を使って砲座下部の地下施設に入ることができます。この地下施設には、砲弾貯蔵庫や揚弾装置などが設けられており、実際に見学することができます。

第三砲台跡の地下施設入口(階段で降りる見学可能エリア)

将校宿舎跡

将校宿舎跡の外観(廃墟となった建物の雰囲気)

かつて島を守っていた将校(エリート軍人)たちが寝起きしていた建物で、現在は廃墟となっていますが、当時の暮らしを垣間見ることができる独特の雰囲気を持っています。

なお、建物内部は非常に老朽化が進んでおり、崩落の危険があるため、内部への立ち入りは禁止されています。外側からの見学のみとなりますが、開口部から中の和室の様子を覗き見ることができます。

そうりゅう型潜水艦の12番艦 とうりゅう

海岸から見えた潜水艦の航行(紀伊水道を走る艦影)

他から「あれは潜水艦じゃない?」との声から、海岸に急いで観に行くと、

猛スピードで海上を進む潜水艦(航行中の姿)

猛スピードで紀伊水道を走り抜ける潜水艦を発見。これはMAXスピードではないかな。かなり貴重な体験かも。普通、潜水艦は軍港に停泊している姿しか見えない。海中に居るわけですから。

潜水艦が通過する海域(周囲の船舶と海面の様子)

というか、他の船舶とぶつかりそうなんだけど。他の船も避ける感じじゃないし。そもそも、潜水艦からは海上の船舶が見えているのか?ソナーで探知しているのでしょうか。ちょっと分かりません。

潜水艦の後方(航跡とスクリュー付近の水流)

なにやら急いで、消えていきました。それにしても、あのスクリューに巻き込まれたら危ない。

まとめ

友ヶ島は和歌山市加太沖に浮かぶ無人島群(主に沖ノ島が観光対象)で、明治~戦時期の砲台跡などの廃墟が自然に溶け込み、「天空の城ラピュタ」のような幻想的な世界観が魅力の人気スポットです。

加太港からフェリーで約20分とアクセスしやすく、島内はハイキングコースを歩きながら第3砲台跡・灯台・展望台などの史跡と絶景を楽しめ、日帰り散策が基本となります。

自然豊かで植物や海の景色も美しく、アニメ聖地巡礼や廃墟探検、キャンプ好きにもおすすめですが、飲料水持参・天候確認・最終便厳守が必須です。

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。情報の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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