兵庫

有子山城&出石城(兵庫県豊岡市)|元観光カリスマが描いた体験型観光のモデル地区

有子山城跡と出石城下町を望む全体風景(獅子の山城の眺め)

山城ACTレベル:上級 ★★★
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:上級(★★★)
登城口からしばらく急登が続き、足場も安定しない区間が混ざります。
「獅子の逆落とし」付近は勾配が強く、装備が重いと体力を削られやすい登りでした。

山城Wレベル:W3(★★★)
尾根筋と曲輪配置が素直で、進むほど城の骨格が見えてきます。
石垣・堀切・曲輪が要所でまとまって現れ、ポイントごとに立ち止まりやすい構成です。

主なルート
登城口 → 尾根道 → 曲輪群 → 本丸跡 → 周回・下山

所要時間:2時間30分

分岐点

アクセス・駐車場

現地レポート

この山城は、麓の「出石城」と、山頂の「山名氏城(有子山城)」の二城からなっており、山頂の有子山城は、室町期城郭、織豊期石垣。麓の出石城では、但馬地区で唯一の近世城郭が見学できるという中身の濃い地区です。

しかし、有子山城に登る際はぜひとも

山城Q
山城Q

軽装備

を、おすすめします。理由は、また後程。

有子山城登城口付近の風景と案内板
有子山城への登城道の急な坂道

健脚向けのコース(約40分)

有子山稲荷神社からが登城道となります。

有子山稲荷神社の鳥居と参道
有子山城登城道の入り口と階段
山城Q
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うぎゃーー

予想外に登りがキツイですが、まだ、ここら辺では頑張れます。

有子山城登城道の急峻な坂と木々

本来の登城道との合流地点です。しかし、ここからが本番。

地獄の「獅子の逆落とし」

有子山城の難所「獅子の逆落とし」の急登坂

なんじゃこりゃ~ここは。

写真では分かりづらいかもしれませんが、かなりの急登。この時まで、そんなことは露と知らず。しかも、この時は山頂で「登山飯」を食べようと、ザックに食材inのフル装備。

山城Q
山城Q

き、きつい

獅子の逆落とし難所の急な登り斜面

あとから調べると、ここは「獅子の逆落とし」と言われる難所で、下の出石城の見学のノリで上がってきた観光客もここで引き返す場所らしいです。まさに

山城Q
山城Q

ジャーマンスープレックス級

の難所。

曲輪

有子山城の曲輪到着地点と休憩スペース

やっと、休憩ポイントに到着。とんでもない目にあいました。とにかく、もう、足が前に進みませんでした。ちょっと休憩。ここから、緩やかになります。

有子山城尾根道沿いの曲輪と石垣
有子山城曲輪群の広がりと遺構
有子山城の石垣と曲輪の組み合わせ

先ほどの「獅子の逆落とし」に比べたら、こんな道は天国そのもの。イージーです。

(中間分岐点)井戸曲輪

有子山城井戸曲輪の珍しい七段石垣

ここが井戸曲輪といわれているポイントです。七段石垣でしっかりと組まれた場所です。それだけ、「外せない場所」だったということでしょう。なにせ「井戸曲輪」ですので。一休みして、いよいよ城内って感じ。

有子山城井戸曲輪付近の石垣と道

第六曲輪から

有子山城第六曲輪の遺構

かなり山頂に近づいてきました。

第五曲輪

有子山城第五曲輪の石垣と展望
有子山城第五曲輪からの眺望
有子山城第五曲輪付近の開けた景色

もうチラホラ景色が見えてくる。木も切られており、展望良いですね。

第四曲輪

有子山城第四曲輪の石垣
有子山城第四曲輪の石垣詳細

ここから山頂まで行けば主郭部ですが、先に千畳敷曲輪に行きたかったので、奥に進むことにしました。

有子山城第四曲輪から先の道と車道らしき部分

何か車道にも見えるんだけど。もしかして、軽トラで上がって来られるとか。気が付かなかったことにします。

大堀切

有子山城の大堀切(幅30m×深さ15m級の巨大堀切)

なかなか大きい大堀切。サイズは、幅30m×高さ15mぐらいというところ。

千畳敷曲輪

有子山城千畳敷曲輪の広大な平坦地

一刀石(私称)

千畳敷曲輪にある一刀石のような割れ石(私称)」 class=
山城Q
山城Q

こ、これは

「一刀石」ではないか。キレイに割れている。これってもしかして。。。

一刀石の詳細な割れ目(私称)」 class=
一刀石のイメージイラスト(生成AIによる再現)」 class=
この画像は、生成AI技術を用いて制作されました

こういうことかもしれません。おそらく。

千畳敷曲輪の裏側と地形

千畳敷曲輪の裏。

主郭

有子山城主郭の立派な野面積み石垣
有子山城主郭内部と石垣の様子

なんとも立派な石垣。野面積みです。実はこの石垣は、山名氏統治時代にはなかったそうです。では誰が増設したのか。それは、

山城Q
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藤堂高虎

ここでも登場しました。「藤堂高虎」。だから、この石垣を麓からみた敵は、おそらく

有子山城主郭石垣の遠景と威圧感
山城Q
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戦意喪失

なんでも、藤堂高虎が28才の時に羽柴秀長からの指示で石垣を組んだとの文献(高山公実録)があるとのこと。藤堂高虎の築城術に関して、詳しくは↓↓↓を参照下さい。

出石城にまで降りてきました

あれほどきつい登りも帰りは逆にスイスイでした。思わず、登ってくる登城者に

山城Q
山城Q

頑張ってください

と声を掛けてしまいました。いや、自然とそうなりました。

有子山城下山途中の景色と出石城下町

さて、出石城も散策。これは高い。10m弱はあります。

出石城の高石垣(約10m級)」 class=

その曲輪が斜面に段々に続きます。

出石城の段々曲輪群と石垣
出石城の美しい石垣と植栽

四季がきれいな場所で、木々が考えて植えられている気がします。

出石城の四季折々の風景
出石城の復元隅櫓と石垣
出石城全体の眺めと城下町

有子城の野面積み(のづらづみ)から切り込み接ぎ(きりこみはぎ)まで、時代ごとの石積み技術が各所に残っていて、石垣ファンだけではなく、一般の観光客にとっても「美」を感じることができる場所ですね。

この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
麓の出石城下町を歩いた直後に、登城で一気に勾配が立ち上がります。とくに「獅子の逆落とし」は、短い距離でも脚が止まりやすい区間でした。
② 遺構の固有性
石垣が要所でまとまって残り、曲輪が進むほど「城内に入った感」が増していきます。井戸曲輪の石垣は足を止める理由がはっきりしていました。
③ 景観・地形の固有性
途中から眺望が抜け、尾根と曲輪の並びがそのまま進行方向になります。主郭と千畳敷の間の大堀切は、地形の切れ味がそのまま見どころになっていました。

見事に設計された観光地

出石の町並みと背後の有子山城跡

「辰鼓楼」との借景

出石の辰鼓楼越しに見る有子山城の借景

日本最古級の時計台「辰鼓楼(しんころう)」越しに仰ぎ見る城跡は、町全体を巨大な一つの構造物(城郭都市)として感じさせる圧倒的な一体感があります。

プチ幕末談義

桂小五郎潜居跡の石碑と周辺

こんなところに桂小五郎!?

出石の桂小五郎関連碑と説明板

なんでも、元治元年(1864年)の禁門の変で長州藩が敗北し幕府から追われる身となり、出石出身の商人・広戸甚助の助けで但馬出石に逃れ、約8ヶ月間潜伏したらしい。

のちは「逃げの小五郎」から倒幕の指導者へ転機を迎えたわけですが、現在も出石町宵田に「桂小五郎潜居跡」の石碑が残り、歴史遺産として知られるとのこと。へ~。

「出石皿そば」

出石皿そばの小皿盛り付けと薬味セット

出石そばは、兵庫県豊岡市出石町の名物で、小さな出石焼の白磁小皿に2〜3口分のそばを盛り、通常5皿を1人前とする独特の小皿スタイルが特徴です。

コシの強い「三たて」そばを濃厚なカツオ・昆布ダシにつけ、溶き卵やとろろなどの薬味を工夫して食べるのが伝統で、皿を積み上げて食べる楽しみも魅力的。

いろんな食べ方があるので、自由度が高い。

この城の概要

有子山城は兵庫県豊岡市出石の標高321m有子山山頂にあり、山名祐豊が天正2年(1574年)に此隅山城落城後に築いた戦国期の山城で、石垣や大規模曲輪が残る「獅子の城」として知られる。

天正8年(1580年)に羽柴秀長の攻撃で落城し山名氏が滅亡した後、秀吉家臣らが城主を務めたが、慶長9年(1604年)に小出吉英が出石城を山麓に築いたため廃城となった。

出石城は有子山城の麓に小出氏が江戸初期に改修・築城した平山城で、但馬唯一の近世城郭として城下町を形成し、現在は隅櫓などが復元されている。

両城は続日本100名城(162番)として一体に選定され、有子山城跡は国指定史跡「山名氏城跡」の一部で、出石の象徴的な歴史遺産となっている。

「観光カリスマ百選」上坂卓雄氏の活躍

それにしても、ここに来ての第一印象は、麓は観光客で

山城Q
山城Q

あふれている

実際、出石は観光客が急増。現在も「但馬國出石観光協会やまちづくり公社」を通じて設計されている。その中心人物は観光カリスマは、国土交通省が2003年に選定した「観光カリスマ百選」の一人である上坂卓雄(うえさか たくお)氏です。

上坂氏は「いずし出石城下町を活かす会」元会長(上田屋油店代表取締役)として、但馬の小京都・出石の城下町の景観保存と観光振興に尽力し、伝統的な町並みや出石皿そば文化を活かしたまちづくりで地域を活性化させたのでした。

「観光カリスマ」

私は、この「観光カリスマ」の一人である「山田 桂一郎氏」が塾長を務める「南紀熊野観光塾 第一期生」として観光を学びましたので、この上坂氏の手腕を非常に理解出来ました。

出石は「歴史」+「観光」+「食」がコンパクトに詰まった観光地です。

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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