大分

佐田城(大分県宇佐市)|「山城魂」を試される6つの砦と本城の廻り方 

山城ACTレベル:上級 ★★★
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:上級 ★★★
・案内の乏しい区間があり、道間違い→復帰が発生しています。
・直登でのリトライなど、負荷の高い局面が出ます。
・砦を回るほど時間と体力の消耗が積み上がります。

山城Wレベル:W3 ★★★
・主郭と複数の砦が連動し、見学が「点」ではなく「面」になります。
・空堀・堀切・土橋などの“切り替え点”が連続して現れます。
・迷いと確信の反復が、体験の密度を押し上げます。

主なルート
登り口 → A砦周辺 → 本城(主郭)→ 周囲の砦(B〜F)→ 下山(プランにより周回・往復)

累積標高差と所要時間
所要時間:4時間(砦を回るほど延びます)

駐車場 アクセス

現地レポート

現地の林道・登城口周辺の様子

「一度は行きたいな」と思いながらも、

「夏場はヤバそう。。。」
「ちょっと遠いな。。。」
「案内は、ほとんどないのか」
「相当な時間が掛かるだろう」

とタイミングを計っていましたがついに時が来ました。決行。

この城は、独りの力では無理なので、余湖くんのホームページにて、しっかり予習し、自分なりのプランを立てる

登城計画用の地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 


でも、現地ではその場その場で対応に迫られることに。2回も道を間違えたため1時間弱は、時間をロスする羽目に。。。

登城口付近の風景

入口です。さー、いよいよ登りますか!

登り始めの道の様子
山城Q
山城Q

お、ここが登り口か

まず、ここで第一のミス。「登城道が完備されている。」と聞いていたので、「なんと素晴らしい道だ。コンクリート舗装されている。」と左を進んでしまいました

すると、ダムをぐるりと回り込み、やがて、藪の中へ突入。「この時期だから、人は来ないのかな」
という気持ちと「でも、これはおかしい。」という気持ちのせめぎあい。

「やっぱりおかしい」と再度、登り口へ戻ってみると、なんと!!

正しい登城口の位置を示す図(現地で気づいたポイント)

こっちでした。汗。笹で分からなかった。うわ~やってしまった。(1回目)時間をロスした~

登城道の途中風景(林内の道)
登城道の途中(傾斜が出る区間)
登城道の様子(足元の状況)

堅い主郭の守り キルゾーン

主郭直前の地形(視界が開ける地点)

さきに、主郭部の紹介を行います。主郭部の空堀になります。

主郭前の深い空堀(長く続く区間)

深く長い空堀。明確な竪堀

主郭周辺の竪堀(落ち込みがはっきりした箇所)

先輩諸氏が大絶賛されるのも。納得です。

主郭周辺の遺構(空堀・土塁の連続が見える)

主郭横の大規模横堀

山城Q
山城Q

周辺を取り巻く大規模横堀

主郭横の大規模横堀(堀底が深い区間)
横堀の連続(見学時に圧が出る場所)
横堀の一部(地形の切り替えが分かる)

このクラスが身近にあると、おそらく、他の城郭を見学してもあんまり感動はしないだろうと思います。それだけ、スゴイ!!知る人ぞ知るだけでは、かなり勿体ないと感じました。

本城を囲む衛星的支城群 

さてーーーーー、それでは各砦をどのように攻略すればよいか、私の失敗も交えて紹介させて頂きます。各砦には、名称がないため、ローマ字を振りました

山城Q
山城Q

苦労しました

砦配置と移動の全体像が分かる地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 

この地図は、必携です。が、予定はあくまで予定で結果的に大失敗することに。

(中間分岐点)A砦

登り始めて、ほどなくA砦に到着しました。しっかり歩きましたが、この辺りでは呼吸も整い捜索モード全開。横堀があります!

各砦への分岐

A砦周辺の地形(分岐に近い地点)


A砦に入ってすぐに、なぜか、ここに一升瓶が転がっていました。「あ!!これは、あとあとちょうど良い。」と思い、登城道の木の間に挟ませて頂きました。

山城Q
山城Q

これは重要ですよ。

つまり、登城道沿いに、これを見つけるとB,C,D砦への道しるべとなります。B砦へ向かっていく途中に、平坦な郭の端に辿りつきます。実は、ここがB砦とC,D砦の別れ道

「何か、目安になるものは???」

分岐の目印になった印象的な木

と探していると、なんとも印象的な木が。驚。この木を境にして、C,D砦への分岐となります。この木は、まず無くなることはないでしょう。

B砦

B砦の位置確認用地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 
B砦周辺の道(城域内の移動区間)
B砦周辺の地形(堀の前段)
B砦の遺構(空堀が分かる地点)
B砦の空堀(堀底の様子)
山城Q
山城Q

ここの二重堀がみどころですよ

B砦の二重空堀(段差が分かる区間)
B砦の空堀(横から見た形)
B砦周辺の石の積み上げ(堀の近く)


この石積は、堀切を作る際に出た石をそのまま積んだという印象

丸い岩。なぜ、角がないのだろう。地質図で見ると、やっぱり玄武岩・安山岩とのことですが、この形は、流紋岩に近いのかもしれません。

全体に言えることですが、各砦には必ず空堀が掘られています。しかも、全体を囲むわけではなく、「南方側」に対しての備えです。

南側を意識した空堀の配置が分かる地点

よほど、街道を警戒していたのでしょうね。

D砦

D砦の位置確認用地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 

さて、B砦の見学を終えたあと、

「そのままA砦付近まで戻るより、横に進んだ方がC,D砦が近いのではないか」

と考えました。すると

谷を塞ぐ形の土橋(ショートカットの起点)

「土橋」があるではないですか。谷を塞ぐ形で。

「これは渡れる。当時の人も通路として使ったのでは??」

と思い渡ります。そして少し登ると、

土橋の先の登り(D砦へ向かう区間)

見事、D砦へ到着~~~!!ショートカット成功

D砦の遺構(到着地点の様子)
山城Q
山城Q

ここにも立派な空堀

D砦の空堀(堀の深さが分かる)

C砦

C砦の位置確認用地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 

でも、やっぱり道なき道を進むのは、不安になります。その先が良く分からないの一点。無駄に終わるのではないかという気持ちが一点。本当に遺構があるのかどうかも。しかし、信じて進むのみ!!

C砦へ向かう区間(道なき道の様子)
C砦へ向かう尾根・斜面の様子
C砦周辺の地形(進路判断が必要な場所)
C砦周辺の遺構(到達地点の様子)

石垣?

石が積まれたように見える箇所(現地で気になった地点)

たぶん、これは炭焼きの跡?

E砦

E砦の位置確認用地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 

さて、A砦付近まで戻り、本城を見学したのちに、私は、そのままE砦へ行こうと試みました。尾根伝いに進むはずが、何かがオカシイ。何かどんどん下っている気がする

「これは間違えていないはずだ。」
「また、上にあがるはずだ。」

と心で祈りながらも、

ルート判断に迷った区間の地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 
山城Q
山城Q

やってしまった~~~(2回目)

下の道に出てしまった!!

「さて、どうする。。。もう諦めるか。。。シンドイし」

との感情が頭をよぎりましたが、再び、リトライ!!山道を直登!!

「やってやる。必ずやってやる。」

リトライで直登した区間(急傾斜)

20分ほど直登の末。B砦に到着!

直登後に復帰した地点(B砦周辺)

竹による藪化がちょっとヒドイヒドイ。明確な空堀はあるんだけど、前に進めない

石積み 空堀

E砦周辺の空堀(藪で進みにくい区間)
E砦の遺構(空堀と石の配置が見える)
E砦の空堀(接続部付近)
E砦の遺構(堀のラインが分かる)
E砦の周辺(空堀の配置が特徴的な箇所)

この砦の空堀の配置は、ちょっと変わっていますね。私が直登した部分とは逆の本城との接続部に配置されています

山城Q
山城Q

ここは、詰城かも!?

このE砦リカバリーで大幅なタイムロスと体力を使ってしまったな~。脚はガクガク、直登はシンドイ。。。

F砦

F砦へ向かう区間の地図(引用:国土地理院・加筆修正あり)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能) 


ヘロヘロになりながらも、コンプリートを目指し、F砦へたどり着く。でも、この堀切と石積と土橋を見ると元気になれる。

F砦の堀切(切れ込みが深い)
F砦の石積み(堀切周辺)
F砦の土橋(通路としての形が分かる)

石積み

F砦の石積み(近景)
F砦の石積み(別角度)
F砦の遺構(堀切・石積みのまとまり)

この城の概要

佐田城(さだじょう、別名青山城)は、大分県宇佐市安心院町佐田の青山(標高約300m)に築かれた中世山城で、宇都宮氏分家の佐田氏の本拠でした。

応永6年(1399年)に宇都宮親景が城井郷から移って築城し、佐田氏は大内氏・大友氏に属しながら8代・約188年間居城とし、豊前・豊後国境の要衝を支配しました。

現在は曲輪・土塁・空堀・横堀・竪堀・一部石垣などの遺構が良好に残り、市指定史跡で、登山道が整備された大規模な山城跡として知られています。

地質を確認

周辺の地質図(引用:産総研 20万分の1日本シームレス地質図V2)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

またしても、この場所は「際」のようです。地質図上では、安山岩・玄武岩の分布が確認できます。

この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
案内がほぼ無く、現地判断が続くタイプです。迷い・復帰・直登が重なり、集中が切れにくい登城になります。

② 遺構の固有要素
主郭まわりの深く長い空堀、明確な竪堀が核です。各砦にも空堀が入り、見学対象が多層に散ります。

③ 景観・地形の固有性
本城に出た瞬間に地形の「圧」が立ち上がります。支城群をまわると、尾根・谷・土橋の使い方が体感として残ります。

周辺観光・温泉(地域共鳴)

温泉:院内妙見温泉

泉質
単純温泉・ナトリウム塩化物質

観光地:宇佐神宮(宇佐の代表的な参拝スポット)

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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