山城ACTレベル:上級 ★★★ 山城Wレベル:W5 ★★★★★

登城前の注意|現在の入場規制について
七尾城は、令和6年能登半島地震の影響により、現在も一部区域の立入が制限されています。
本丸駐車場から本丸までの区間は開放されている一方、調度丸周辺や損傷の見られる石垣付近などは、立入禁止区画が残っています。
訪れる際は、七尾市の最新情報を事前に確認し、現地の案内表示やロープ、注意喚起に必ず従ってください。
参考URL:https://www.city.nanao.lg.jp/sportsbunka/nanaojoushi.html
山城ウェルネス
山城ACTレベル
標高305mの山上に築かれた大規模山城で、登山口から本丸までの往復は約5〜6km、累積標高差はおよそ250mあります。
七曲りの急勾配や長い登坂区間が続くため、体力と足腰への負荷は高めです。
中高年にとっても、しっかり準備を整えたうえで臨みたい上級クラスの山城と判断しました。
山城Wレベル
惣構えから七曲り、番所、沓掛場、寺屋敷跡、本丸へと進むにつれて、防御ラインと曲輪構成が段階的に立ち上がってきます。
登りの途中から七尾湾の眺望が現れ、本丸周辺では山と海が一体となった景観に包まれます。
城域のスケールと見通しの切り替わりが大きく、余韻が残りやすいW3クラスとしました。
主なルート
・七尾城史資料館付近の登山口 → 惣構え → 赤坂口 → 七曲り → 番所 → 沓掛場 → 寺屋敷跡 → 本丸(往復でおおよそ2.5〜3時間)
累積標高差と所要時間
累積標高差:約250m / 所要時間:麓から本丸散策を含めて約2.5〜3時間
地形の特徴
山麓の惣構えから尾根筋に沿って登り、七曲りの急勾配や深い切通し、防御的な段差を経て寺屋敷跡・本丸へ至る構成で、七つの尾根に曲輪群が展開する立体的な山城です。
運命の出会い
仕事の都合で全国各地を転勤していた中、ある日、金沢市の書店にてある本を手に取る。何やら、感性をくすぐられるタイトル!

何々??「廃城をゆく」??


運命の出会い
当時、管理者は「石川県七尾市」に仕事の都合で4年ほど住んでおりました。その本によるとマンションの裏山が「天下の名城 七尾城」だったのです。人間は、意識をしないと気が付かないもので、
確かにどれも名城です。この七尾城は、麓からゆっくりみると、往復3時間はかかります。
登城ルート

登山口:七尾城史資料館付近
駐車場:登山口駐車場・本丸駐車場あり
縄張り図 現地看板

現地レポート
惣構え~赤坂口まで
自宅から歩いて登ります





この辺りまで来ると、一気に雰囲気が変わります。多分、家臣の屋敷があったと思います。なぜならば、出発地点付近には、
「惣構え」がありました


惣構えがあったのです
惣構え(総構え)というと小田原城が有名ですが、決して専売特許ではありません。
他にも佐賀の勝尾城など、城下を大きく包み込む防御線を持つ山城が各地に存在します。(勝尾城もすごいんですよ)
赤坂口~本丸を目指す


なかなかの切通!7月なので暑い

ルート上、看板が整備されており、迷うことはないです。

年季を感じます。路面は削れている箇所もあるので、靴は登山靴が良いです
眺望

ちらっと七尾湾が見える

七曲り


この七曲りは、切通も深く防御度が高いです
番所

この番所辺りからいよいよ城域に突入!
(中間分離点)沓掛場

沓掛場です。ここで訪問者は身なりを整えたということです。昔の人も、この登りは辛かったということでしょうね。

寺屋敷跡

平坦地が左側に見えてきました。屋敷跡のようです。
この城の概要
能登畠山氏の本拠として機能した大規模山城で、七つの尾根に多数の曲輪と石垣を展開する構造が特徴。日本100名城(No.34)のひとつで、要害性と縄張密度の高さで知られる。
能登畠山氏とは?


畠山基国と満家・満慶親子
七尾城の城主であった畠山氏の系図をあらためて辿ってみると、思いがけない歴史の糸が浮かび上がってきました。畠山基国と、その子である満家・満慶の流れです。
私の先祖の系譜をさかのぼると、先祖は室町幕府の北朝方として活躍した足利義満の時代、紀伊を治めた畠山基国、満家親子に仕えた武士であったと伝えられています。
そして驚くべきことに、その畠山基国の子・満慶が、能登畠山の初代として七尾の地に勢力を築いたというのです。
つまり、七尾城という場所は、単なる歴史的遺構ではなく、自らの血脈とどこかで静かに連なっている可能性を秘めた土地でもあったことになります。
そんな背景を知らぬまま、この地に暮らし、七尾の風景を当たり前のように眺めていたことを思うと、歴史とは不思議なものです。
地質をみてみる
非常に気になります。地質から見てみますと、

七尾城の南側には「コロサ断層」が走り、この断層を境として地質が切り替わっています。
能登半島は現在も緩やかな隆起を続ける地域であり、地震活動がその骨格形成に深く関わってきた場所でもあります。七尾城周辺には砂岩・礫岩が多く分布し、こうした地質の上に城が築かれている点も、この地の成り立ちを静かに物語っています。

この地点の地質は「城山礫岩層」と総称される、砂礫を多く含む地層から成り立っています。七尾周辺では過去の火山活動と地殻変動により、さまざまな岩石が分布し、それらが風化・崩壊して堆積した礫層が隆起することで、現在の地形が形成されたとされています。
この地域の成り立ちを踏まえると、城域の石垣材がどこから得られたのか、という視点でも見えてくるものがあります。
参考文献:絈野義夫編1965『能登半島の地質』「能登半島学術調査書」石川県 P.1-84
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
長い登城路を一定のリズムで歩くうち、呼吸と足運びが整っていく感覚があります。山と向き合う時間そのものが、余計なノイズを落としていくプロセスになります。
② 遺構の固有性
惣構えから七曲り、番所、沓掛場、寺屋敷跡へと連なる防御ラインが明確で、守りの層を身体で読み取れる稀有な構造をもつ。
③ 景観・地形の固有性
七つの尾根に沿って曲輪が展開し、本丸付近から七尾湾を望む立体的景観が、山城と海城の境界を静かに感じさせる。
温泉|和倉温泉(石川県七尾市)
概要
七尾湾に面した能登を代表する温泉地。泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物泉(塩化物泉)で、海水に近い成分を含む湯として知られています。入浴後に温かさが残りやすい、と感じる人も多いタイプです。
※泉質や入浴可能施設の状況は変動するため、来訪前に公式の営業情報をご確認ください。
現在の状況(令和6年能登半島地震の影響)
能登半島地震の影響により、温泉街では配管破断や建物損傷、護岸の被害が発生し、現在も復旧途上にあります。
宿泊施設は段階的に営業再開が進んでいるものの、施設ごとに稼働状況や利用可能範囲が異なる場合があります。来訪時は事前確認が必須です。
- 営業状況:施設により段階的に再開(復旧途上)
訪問時のポイント
・宿泊施設の営業状況・設備使用範囲・館内制限を事前確認
・飲食店の営業時間は変動する場合あり
・工事区間や立入制限エリアに注意
・静養目的の場合は、柔軟な日程と余裕ある滞在計画がおすすめ
泉質
塩化物泉(ナトリウム・カルシウム-塩化物泉)
参考URL
和倉温泉観光協会(営業状況)
https://www.wakura.or.jp/brochure/brochure-3739/
【免責】
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。












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