兵庫

黒井城(兵庫県丹波市)|チャート岩盤に築かれた石垣と、天空の空中ベンチが待つ天空の赤鬼城

山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:中級(★★☆)
登城口からすぐに階段が続き、切岸も多く見られます。城域が広く、曲輪を一通り回ると歩行距離はやや長めになります。

山城Wレベル:W3(★★★)
導線は比較的単純で、曲輪配置と地形の対応関係が分かりやすい構成です。歩行と同時に城の全体像が自然と頭に入ってきます。

主なルート
登城口 → 階段 → 曲輪群 → 山頂部 → 三の丸・二の丸 → 周回・下山

所要時間:2時間00分

アクセス・駐車場

現地レポート

黒井城の山頂部を麓から望んだ遠景写真

麓からもしっかりと確認ができる山頂。これは期待がしかない。

興禅寺(春日局)

興禅寺の境内風景と春日局ゆかりの地標識
山城Q
山城Q

春日局って

春日局は、三代将軍・徳川家光の乳母として権力中枢に入り、大奥を制度として完成させた人物
であり、江戸幕府の内政・人事・権力安定に深く関与しました。

興禅寺の説明板や春日局関連の案内看板

春日局=江戸幕府の裏側を支配した“制度を作る人”ってことらしい。

黒井城登城口付近の風景と興禅寺周辺

あの江戸初期における女性権力者の到達点「春日局」はここで生まれたってことですね。意外でした。さて、黒井城は、この横から登っていきます。

黒井城登城開始直後の急な石段

赤井直正=「丹波の赤鬼」=波多野氏と連携した「赤井の呼び込み戦法」ぐらいしか知りませんので調べてみました。

赤井直正(あかい なおまさ)は、戦国時代の丹波国を拠点とした国人領主で、「丹波の赤鬼」の異名を持ち、赤井氏当主として明智光秀の最大のライバルとなりました。

永禄年間に細川藤孝・松永久秀らと対立し、1579年に織田信長の丹波平定軍(明智光秀指揮)と黒井城で激戦を繰り広げましたが、籠城戦で耐え抜き、信長の撤退を強いたことで知られています。

天正7年(1579年)の黒井城落城後に消息不明となり、子孫は徳川幕府に仕え(春日局の出自説も関連)、直正の武勇は「赤鬼伝説」として丹波史に今も息づいています。

とのことです。へーー。

急坂コースを行く!

登城路の急階段と周囲の木々

いきなりこの階段を登ります。風雲急を告げるから登るしかない。ほんと、階段は山城には付き物でここを登ると一気に心拍数があがります。

階段を登りきった後の休憩ポイントと眺望

ぐっと心拍数を上げたので、一呼吸置けば、あとは登城が楽になります。

太鼓の段

三段曲輪を抜けると、この曲輪に着きます。

太鼓の段曲輪の平坦な地形
太鼓の段からの景色と曲輪の様子

(中間分岐点)石踏の段(赤門)

石踏の段(赤門)への横移動路

その流れで横移動すると「石踏の段」に到着。黒井城の登城路では、

  • なだらかコース(森の中をゆるやかに回り込むルート、初心者・森林浴向き)
  • 急坂コース(階段・急斜面が多く、城時代の遺構(三段曲輪・太鼓の段)を経由する健脚向けルート)

の2コースが、ここ石踏の段で合流する。戦国期の防御ライン(太鼓の段 → 石踏の段 → 山頂本城)の段階的要所だと考えられる。

石踏の段曲輪の石積みと眺望
石踏の段から見下ろす丹波盆地の風景

ここからの景色もとても良いです。一望できます。

山頂

黒井城山頂の本丸付近と石垣

さっきよりもさらに高くなりました。盆地全体が良く見えます。

東曲輪に到着

東曲輪の石垣とチャート岩の割れ目
東曲輪からの広大な丹波盆地パノラマ
山城Q
山城Q

この割れ方、チャートですね。

山頂にだけ石垣があります。

三の丸

三の丸の広い平坦曲輪
三の丸曲輪の土塁と空堀
三の丸から見える山頂石垣と景色

二の丸

二の丸の芝生が広がる快適な曲輪

芝生吹きです。これは、ハイキングに人気があるのがわかります。気持ちがいいですね。

二の丸の開放的な空間と周囲の木々

空堀と土橋

二の丸と三の丸を隔てる空堀と土橋
整備された空堀と土橋のクローズアップ

キレイに整備がされています。この城をどのように活かしているかが良く理解できます。

遠くに見える周辺の山々と山城の気配

あの辺りにも山城が潜んでいる気がします。

本丸の空中ベンチ

黒井城本丸に設置された空中ベンチと雲海を想定した眺望
山城Q
山城Q

あれ!?

これは、どこかで見たことがあります。そうそう。近くの「竹田城の空中ベンチ」。

竹田城の空中ベンチ(2011年撮影)
竹田城にて2011年頃に撮影。これを見た時、アートの世界だと思いました。

そこで、ここの仕掛けに気が付きました。そう。ヒントは「雲海」!この黒井城のベンチも雲海を見るための椅子ではないでしょうか。考えただけで、とても素敵です。

先着2名ですね。

本丸空中ベンチのクローズアップと座席部分

別名 保月城のようです。

この城の概要

尾根筋をそのまま城域として取り込んだ構成で、曲輪は段階的に配置されています。山頂部は視界が大きく開け、周囲の盆地との位置関係が強く印象に残ります。歩いていると、削平された平坦地と自然地形の境界がはっきりと感じられます。

地質をみてみる

山頂石垣に見られるチャート岩の特徴的な割れ方

このパターン。岐阜城と同じ感じ。地質を確認すると面白いことに。

黒井城周辺の20万分の1日本シームレス地質図(チャート層をオレンジで強調)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2より山城Qが加筆・修正したものである

このオレンジの部分だけ、チャート層なのです。グレーは、雑多な岩石。つまり、山頂にだけ石垣があったのは、この地質図からすると当然なのかもしれません。

三の丸や二の丸が平らに削平されていたので、岩石を切り出した可能性もありますね。

この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
登城開始直後に急な階段があり、心拍数が一気に上がる導入が印象に残ります。その後は呼吸が整い、一定のリズムで城域を歩き続けられます。

② 遺構の固有性
段階的に曲輪を重ねる構成で、太鼓の段・石踏の段・山頂部へと流れが明確です。山頂部に限って石垣が用いられている点も特徴的です。

③ 景観・地形の固有性
山頂からは丹波盆地を広く見渡せ、周囲の地形との関係が直感的に把握できます。高低差と視界の抜けが、城の位置選定を強く意識させます。

まとめ

登山自体も中級(★★☆)ながら、道がよく整備されていて歩きやすく、景観の変化が楽しい。 「丹波の赤鬼」赤井直正の堅城であり、春日局が生まれた城であり、そして現代では雲海の絶景スポット。歴史・地形・絶景が三位一体となった、かなりカッコいい山城です。

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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