山城ACTレベル:初級 ★☆☆
山城Wレベル:W2 ★★☆

山城ウェルネス
山城ACTレベル:初級 ★☆☆
山城Wレベル:W2 ★★☆
ACT理由
資料館駐車場から短時間で主要部を回れます。段を上がっていく導線が明確で、極端な負荷は出にくい構成でした。ただし足元の状態は場所により変わるため、歩きやすい靴は前提です。
W理由
段構成と「詰」という呼称が特徴的です。一方で、石垣が控えめです。
主なルート
資料館駐車場 → 城跡取り付き → 四ノ段 → 三ノ段 → 詰(本丸) → 詰下段 → 二ノ段(眺望)
所要時間
約30分
岡豊城 駐車場 アクセス
駐車は「高知県立歴史民俗資料館」の駐車場を利用します。城跡は資料館の背後の高台にあり、短時間でも段構成を辿れます。
現地レポート

岡豊城方面を見上げる。しっかりとした高台にあります。


この城の各曲輪の呼び方は、「曲輪」ではなく「段」というようです。特に、「本丸」は「詰」と呼びます。城としては、それほど技巧的ではありません。

四ノ段

三ノ段



ここです。あの長曾我部の本城というのなら、もっとバキバキに石垣があると思っていただけに。ちょっと拍子抜けしたのですが、それが確認のキッカケになりました。
詰(本丸)


詰下段

二ノ段からの眺望


この城の概要
岡豊城(おこうじょう)は、高知県南国市の岡豊山(標高約97m)に築かれた中世山城で、戦国時代に四国をほぼ統一した長宗我部氏の歴代居城です。
13~14世紀頃に長宗我部氏により築かれ、長宗我部国親・元親の時代に拡張され、礎石建物や石積みなどの先進的な遺構が見られました。
天正19年(1591年)に浦戸城へ本拠移転により廃城となり、現在は国指定史跡で曲輪・土塁・空堀などが良好に残り、高知県立歴史民俗資料館が隣接する人気の城跡です。
高知市周辺 地質 環境
岡豊城を見学した際に、疑問に思ったのはその「石積み」でした。ここは、あの長曾我部家の本城であるのに、なぜ、石垣や石積みはこのレベルなのかという点でした。その程度具合に
しかし、この高知市の地質全体を確認すると、「城を造るのは、ここしかない!」と気が付き、石垣や石積みについても、

石材集めに苦労しただろう
と思ったのでした。そして、ここで使われている岩石は

レア度が高い!
ということです。他県ではあまり見ないと思います。(徳島城の緑色片岩も珍しいですけど)

岡豊城高知城は、立地的には近い場所にあります。しかし、非常に城造りに難しい土地です。
この四国地方は、主に海洋プレートが大陸プレートに沈み込む環境で形成されており、世界でも非常にまれな複雑な地質の地域である。
国立研究開発法人産業技術総合研究所 四国に残された日本列島5億年の歴史 -20万分の1地質図幅「高知」(第2版)-
特に、この沈み込み帯では、地下浅部で付加体が、地下深部では変成岩や深成岩が、さらに表層では浅海成層とマグマの噴出による火山岩が形成される
ということになります。高知の地下の話ですが、海洋プレートは、海洋地殻とその下のマントルの一部からなります。

海洋地殻は、海嶺で噴出した玄武岩溶岩の上に、深海堆積物や海山を載せています。
これらの一部は海洋プレートが沈み込むときに、海溝にたまった土砂とともに大陸側に押しつけられ、はぎ取られてしまいます。これを付加作用といい、はぎ取られた地質体を「付加体」といいます。
はぎ取られた土壌が集まった場所、それが高知市周辺。

つまり、この地図では、黄色い部分が「付加体」であり、高知城がある赤いところが「変成岩」、岡豊城がある「火成岩」を表しています。そして、もう少し具体的に岩石を調べてみると、

岡豊城は、超苦鉄質岩である「蛇紋岩」
高知城は、苦鉄質岩である「片麻岩、角閃岩が多い」
ということになります。岡豊城の蛇紋岩は、上部マントル(地下:数10km~400km)が地表に出た物ということです。なかなか他ではみないレア度高めの岩石です。
さらに、この土地は、

地質層の境目は、川があることが多いのですが、高知市周辺では鏡川・久万川・国分川などが存在しています。特に、高知城がある大高坂山は、左隣の丘と繋がっていたように見えます。
実は実際に、江ノ口川による浸食を受け、独立したのが高知城がある「大高坂山」となります。これを「残丘」といい、城を造るには絶好の候補地となります。

岡豊城、高知城の立地は、絶好の場所
がしかし、高知城は、度々水害に悩まされることになります。それは、上の地図からも読み取れます。鏡川と江ノ口川に挟まれた「デルタ地帯」。
長曾我部元親は、岡豊城から大高坂山に本城を移したが、治水に失敗。のちの山内家は「河中山」と命名しましたが、城下町建設を進める過程でも水害に悩まされ、やはり治水に失敗。
そこで、「河中」という名前が不吉だと「高智山」へと改め、やがて「高智」から「高知」へと変化していくのでした。

高知の由来を知りました。
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
登城路は整備されており、歩行自体の負荷は軽めです。一方で、城域に入ると空間の密度が変わり、「城の中に入った」という感覚がはっきり切り替わります。無理なく身体を動かしながら、意識だけが段階的に引き上げられていくタイプの城です。
② 遺構の固有要素
尾根上に複数の曲輪が連なり、堀切・虎口を挟みながら城域が整理されています。防御線を強調するというより、機能ごとに区画された構成が連続して現れ、歩くにつれて城の全体像が少しずつ理解できる造りでした。
③ 景観・地形の固有性
尾根先端部の曲輪からは、周囲の平野と交通の動線を広く見渡せます。見晴らしの良さそのものが、この場所が担っていた役割を説明しており、視界を通して「支配の位置」が自然に理解できる地形条件でした。
周辺観光・温泉(地域共鳴)
温泉:天然の湯 ながおか温泉(南国市)
城跡見学のあとに、身体をほどく選択肢として近隣に日帰り温泉があります。ナトリウム-塩化物温泉は、塩分を多く含み肌に塩の膜を作るため保温効果が非常に高く「熱の湯」「温まりの湯」と呼ばれ、湯冷めしにくいのが最大の特徴です。
観光地:高知県立歴史民俗資料館
駐車場を共有でき、城跡と合わせて地域史の整理がしやすい場所です。
グルメ:ひろめ市場(高知市)
高知の食をまとめて選べる場として、移動後の立ち寄り先にしやすいです。

こじゃんと飲むが良いがぜよ!

たっすい酒はいかんきね!
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。




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