福岡

長野城②(福岡県北九州市)|林道は使わない!巨大切通道から“謎”の出城経由で

山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

ACT理由
荒れた県道・林道を30分ほど歩く区間があり、単調さと負荷が積み重なります。
斜面に取り付いて尾根へ上がる場面があり、足場と判断が必要でした。
災害後の荒れ具合が前提になるため、安全側で動ける人向きです。

W理由
違和感→仮説→確認が連続し、「見つけた」が何度も起きる構成でした。
堀切、切通道、砦跡、さらに先の削平地へと驚きが段階的に増えます。
山中で独りテンションが上がるほど、没入と高揚が明確に残りました。

主なルート
安全寄りの駐車地点 → 荒れた県道を徒歩(約30分) → ゲート通過 → トンネル越え → 林道歩き
→ 林道脇の斜面確認 → 第一堀切の発見 → 斜面から尾根へ → 切通道・砦跡
→ さらに奥の巨大切通道(竹林エリア)→ 土橋/尾根状の先 → 出城跡?の削平地 → 林道へ復帰

累積標高差と所要時間

  • 累積標高差:未計測
  • 所要時間:約2時間(支線探索で約1時間使用)

駐車場 アクセス

ちょっと、長野城入口から離れますが、出来ればここに停めましょう。その方が安全です。

現地レポート

5年前に一度、訪れて以来2度目となります。以前よりも、訪問客が多いのだろうということが伺い知れます。現地の住民の方には迷惑を掛けないことが大事だと、つくづく思う場所です。

それにしても、この山城登城のネックは、

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
長野城へ向かう途中の風景

この荒れ果てた県道を延々と30分ぐらい歩くことですね。こんな大都会なのに、なぜ、この県道はこうも荒れ果ててしまったのか。。。正直、ここを歩くのが退屈でした。しかし、今回、

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
山城Q
山城Q

面白いルート

を発見しました。調べた限りネットでは見かけなかったので報告します(報告書や調査書にはあるのかもしれませんが)。

長野城周辺の入口付近の様子

さ、このゲートを越えて出発します。トンネルを越えて、ちょっと進んだところの下記の場所、

これは石門では?

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
道脇に見えた石群の様子

道脇にこのような石群に気が付きました。今回は、2度目だったので割と周りに気を配る余裕があった感じです。これは、もしかして

山城Q
山城Q

門じゃないだろうか?

と考えつつも、そのままカーブを曲がり込んだところで

林道から左へ上がれる坂の様子

左に上がれる坂があったのです。ちょっと上がってみました。

連続した平坦地があった

連続した平坦地の様子(写真1)
連続した平坦地の様子(写真2)
連続した平坦地の様子(写真3)
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出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
山城Q
山城Q

へ~この辺りから、もう城域なんだ

と思いながら、また林道に戻り、

林道の様子

こんな感じのだる~い道を進んでいると

山を横切る林道の地点

山を横切った林道のこの場所を通過しようとしたところ、ふと「そういえば、さっきの石門から上がってきたら、ここに繋がるのでは?」と思ったのです。

そこで、「何気に、左側の斜面が気になる」と思い

山城Q
山城Q

ちょっと、見てみよう

と、見てみたところ

第一堀切を見つける

第一堀切と思しき地形
山城Q
山城Q

え!堀切があるやん!マヂ!?

見つけた時は、かなりテンションが上がりました。ちょっと周辺を調べてみると

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 

やっぱり繋がっていたのです。ということは、

山を横切る林道の地点

ここの右側にある

斜面の様子(上部に続きがあるか気になった場所)

「この斜面の上にもしかしたら、続きがあるのではないだろうか?」と仮説を立てました。そこで、林道を、勇む気持ちを抑えながら、さっさと進み

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出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
斜面を登った先の様子(写真1)
斜面を登った先の様子(写真2)

このような「謎の地割れ」があり、その先の尾根に出たのです。

山城Q
山城Q

なにやら、道がある!!

切通道と砦跡を見つける

切通道の様子(写真1)
切通道の様子(写真2)

「なんということだ。」こんな素晴らしい切通道があるなんて。まさかな~。こんなのがあるとはなあ。これ見つけた時は、

山城Q
山城Q

テンションMAX

当然、そうなります。年末年始から、病に伏せており、あまりツイテいなかったので、気分最高。

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
切通道周辺の様子(写真1)
切通道周辺の様子(写真2)

切通道を下って、さっき堀切を見つけた林道脇まで行くと、その先端は土砂によってせき止められておりました。

となりますと、問題はこの切通道の上部はどうなっているのかです。

山城Q
山城Q

期待は膨らむ

切通道上部へ向かう途中の様子

砦跡に行きつく

石が置かれた丘部(砦跡)周辺の様子(写真1)
石が置かれた丘部(砦跡)周辺の様子(写真2)
石が置かれた丘部(砦跡)周辺の様子(写真3)
石が置かれた丘部(砦跡)周辺の様子(写真4)
国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 

明らかに人為的に石が置かれた「丘部」に到着したのでした。大きさは、10m×10mというところでしょうか。何か、門のようなものもあります。

長野城は、「約200本もの竪堀に囲まれた土の城」というイメージが強かったので、この石の砦跡を見た時は、非常にショッキングでした。これはたいへん良い物を見つけました。となると、

山城Q
山城Q

その上部はどうなっているのだろうか?

切通道を通ったその先には

切通道の上部へ続く区間の様子(写真1)
切通道の上部へ続く区間の様子(写真2)
切通道の上部へ続く区間の様子(写真3)

正直、この規模には驚きました。かなり気合が入った切通道です。広いところだと5m×5mぐらいあります。

山城Q
山城Q

あ~見つけた~

と率直に感じたのでした。

自然によるアート作品

岩肌が露出した場所の様子

途中には、このような岩石剥き出しの場所もありました。自然が作ったアート作品だと思います。良く崩れずに立ってます。

奥の巨大切通道を通り

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
竹林エリアの切通道の様子(写真1)
竹林エリアの切通道の様子(写真2)
竹林エリアの切通道の様子(写真3)

さらに進むと、竹林エリアに突入。すると、切通道はさらに巨大に。多分、5m×10mぐらいはあります。「まさか、こんな場所があるとは!」とショック過ぎて、言葉が出ませんでした。

やがて、終着地に至るが

切通道の終着地付近の様子(竹藪)

怒涛の切通道も、やがて終着地を迎えます。竹藪ですが、しかし、まだまだ先に行けそうです。

土橋なのか、尾根なのか

土橋または尾根状に見える地形

土橋なのか、尾根なのか分かりませんが、さらに進むことが出来ました。すると、やがて道も終わり斜面に突き当たります。

出城跡?に到着

削平地(曲輪跡と思しき場所)の様子

突き当たれば、登れば良いです。登ったその先には、「削平地」がありました。曲輪跡でしょう。まさか、出城があるとは思いませんでした。事前調査では見つけることが出来ませんでしたので、まさに

山城Q
山城Q

サプライズ!

としか言いようがありません。

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
削平地の段差を確認できる場所の様子

2段ぐらいを確認することができます。ここは長野城の出城跡だと思います。

屈曲した道の様子

「屈曲した道」と「虎口」を確認することが出来ます。

虎口と思しき地点の様子

しかし、残念ながら、ここから先に続く道を見つけることはできませんでした。

そして、いったん、林道に戻りました。なんせ、ここまでで1時間は使ってしまったために、先を急がないといけません。長野城に使える時間が減る~~。

国土地理院ウェブサイトの地図(当該ページ)をブログ管理者が加筆修正した図
出典:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである 
林道へ戻る途中の様子

この出城の概要

長野城(ながのじょう)は、福岡県北九州市小倉南区にある標高約200mの山城で、戦国時代に毛利氏や大友氏の影響下で築かれたとされ、主に豊前国守護大名・大内氏の支城として機能したと推定されます。

城域は主郭を中心に空堀・土塁・曲輪群が良好に残り、特に南側の大規模な空堀と連続する土塁が特徴で、土の城としての縄張り構成が明瞭に見られます。

現在は国指定史跡ではなく市指定史跡ですが、北九州の山城ファンに人気のスポットで、整備された登山道から約30〜40分で主郭に到達でき、眺望も良好な城跡として知られています。

今回の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
荒れた県道を延々と歩く単調さのあと、急に「発見の連続」に切り替わります。単調→集中のスイッチがはっきり入った回でした。

② 遺構の驚き(切通道と砦跡)
堀切に始まり、切通道の規模が段階的に大きくなっていく展開が強烈です。土の城という先入観に対して、石を伴う砦跡の出現が刺さりました。

③ ルートの面白さ(支線探索)
「ここ、上に進めるのでは?」という違和感が、そのまま堀切・切通道・砦跡へ繋がりました。谷を挟んだ構造の中で“つながる感覚”が核でした。

免責

本稿は現地体験記録に基づく記事です。登城は自己責任で行ってください。災害後の荒れた道路・斜面取り付きなど危険要素があります。天候、体調、装備、時間に余裕がない場合は無理をしないでください。

周辺は生活域を含むため、駐車・騒音・立入などで地域の方に迷惑をかけない行動を前提とします。

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