
山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★
山城ウェルネス
山城ACTレベル:中級★★☆
登城開始直後に遺構が現れますが、その後も歩行が継続し、物見台到達まで一定時間の行動が必要です。登城全体としては、身体状態が段階的に更新される行程です。
山城Wレベル:W3(★★★)
外縁の長大な土塁・畝状堀切から、虎口を経て城内曲輪へ至るまで、防御構造が連続して現れます。単発の見どころではなく、城の内外を分ける構造と防御の層が、動線の中で体系的に把握できます。
主なルート
駐車場 → 登山道 → 横堀の確認 → 岩場(物見台のような地点)→ 尾根道 → 主郭部(眺望)→ 往復
累積標高差と所要時間
所要時間:約2時間
駐車場 アクセス
駐車場があり、登り口も取り付きやすいです。登山道が整っているので、まずはルートに乗ることを優先すると迷いにくいです。
現地レポート

二つの峰がある馬ヶ岳城。黒田官兵衛が最初に治めた城とのこと。なんか、右に大きな木が見えます。
見ごたえのある長ーーい横堀

珍しいコブ状

やはり現場に来てみると、必ず何か発見があります。

登城ルートとは別に、横堀が伸びていますが、このコブ状の土塁?は珍しいです。普通、この下に畝状竪堀があるのですが、それは無さげ。


虎口

横堀を歩き、ほどなく虎口に到着。ここは館側からの侵入路といったところです。
(中間分岐点)物見台

物見台。こんな岩が途中にあります。太閤岩、官兵衛岩、又兵衛岩とは?
この辺りから、本格的な城域に入ります。

きれいな尾根道

ふもとから登ってきたわけです。
主郭部からの眺望


360度が見渡せます。景色が最高!
この城の概要
馬ヶ岳城(うまがたけじょう)は、福岡県京都郡みやこ町犀川本庄にそびえる標高502mの馬ヶ岳山頂に築かれた中世山城で、別名本庄城とも呼ばれます。
築城は南北朝期に少弐氏の被官・本庄氏によってなされ、応永年間(1394-1428)には大内氏に属し九州探題の渋川満直が在城した記録が残ります。 戦国期には毛利氏の支配下に入り、天正15年(1587)の豊臣秀吉の九州征伐で岩丸城・豊前千防一揆衆とともに落城、廃城となりました。
現在も主郭・副郭・帯曲輪・堀切・竪堀・土塁などが極めて良好に残り、福岡県下でも屈指の遺構保存状態を誇る名城跡です。
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験構造(歩行と到達の切り替え)
登城開始直後に長大な土塁と畝状堀切が現れ、城の外縁構造に早い段階で触れます。
その後も横堀に沿って歩行が続き、約20分で虎口に至ることで、城内へ入ったことが明確に認識できます。
歩行の継続と到達点の切り替えが、段階的な体験構造を形成します。
② 遺構の固有要素
長い横堀と、それに付随する土の起伏が連続して残ります。
外縁部の防御要素から虎口、城内曲輪へと、防御の層構造を動線上で追える構成です。
③ 景観・地形の固有性
尾根上の通りがよく、主郭部では周囲を広く見渡せます。
防御外縁から城内、主郭部へと進むにつれて、地形の使い分けが明確になります。
周辺観光・温泉(地域共鳴)
温泉
天然温泉いずみの湯(行橋市)
登城後に体をほどく導線として組み込みやすい日帰り温泉です(所要は未計測)。
観光
行橋市歴史資料館(行橋市)
地域の歴史を押さえてから現地に入る/現地のあとに整理する、どちらにも使えます(所要は未計測)。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。



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