熊本

震災直後の熊本城 ― 崩れゆく石垣と、沈黙の城

※2016年熊本地震直後、被災した熊本城の姿を現地写真と体験から記録

震災直後の熊本城(外観)。損傷が見える天守周辺の遠景

第一部|震災直後の記録

それは、突然の出来事でした。

2016年4月14日。仕事の都合で熊本への転勤が決まり、東京で研修を受けていた夜のホテル。くつろいでいた21時26分、画面に緊急地震速報が駆け抜けた。

熊本」の文字を見た瞬間に、真っ先に頭をよぎったのは

「熊本城は、大丈夫なのか」

その問いばかり。

緊急地震速報のイメージ(熊本地震の報道・速報を想起させる場面)

ちょうど、ビールを飲んでいたのですが、思いっきり

山城Q
山城Q

口から吹き出しました!

地震2週間後、熊本へ

熊本入り当日の街の様子(地震から約2週間後の現地風景)

その後、配属が少し延期となり、5月GW明けに現地に入ったのでした。移動当日は、たまたまDMAT隊員と一緒に博多へ。

しかし、博多駅→熊本駅までの新幹線の中の様子は、今でも忘れられません。

車内、水を打ったかのように

「しーーーん」

と静まり返り、誰一人、しゃべっている人はいません。車内は、重苦しいというか悲壮感に包まれていたことを覚えています。やがて、熊本駅に近づくにつれて、やがて誰かが小さく言った。

「あれが、熊本城の天守閣!」

と指差し、そちらを眺めました。しかし、遠く霞んだ輪郭からは、判然としません。 熊本駅に降り立っても、不思議なほど音がしない。音楽がない。街全体が、息をひそめているようだった。。

そして、早々に熊本城へ様子を伺いに行ったのでした。

見学ルート

熊本城の復興見学ルート案内(現地掲示のルート図)
復興見学ルートから

初めて目にした「崩れた熊本城」

清正公銅像から天守方面

清正公銅像付近から大天守を望む。屋根や瓦の損傷が見える遠景
02番あたりから大天守を望む

この時、60倍率のズームカメラを持参し、割と遠目から撮影してみました。大天守の変容ぶりがすぐに飛び込んできました。屋根は波打ち、瓦は落ち、シャチホコの姿さえ確認できない。

奉行丸

奉行丸周辺の被災状況。石垣の崩落や建物の傾きが見える

普段見慣れない光景が広がっていました。石垣は裂け、櫓は傾き、長塀は途中から無惨に崩れ落ちていた。

馬具櫓

馬具櫓周辺の被災状況。石垣の崩れと櫓の損傷が分かる

馬具櫓は馬込石流出で、たいへんなことに算木積み部分だけが耐えています。「熊本城」石柱は、途中で方向を失っています

竹の丸 長塀

竹の丸の長塀の倒壊状況。途中から崩れ落ちた塀が見える

そのまま右へ進むこと「長塀」へ途中から倒れてしまっています

失われた音、漂う匂い

被災直後の熊本城周辺。倒壊や損傷の痕跡が残る城内風景
熊本城の被災箇所の近景。石垣や建物周辺の損傷が見える

家屋が倒壊したせいか、強い木屑の匂いがあたりに充満してました。古い酒屋に居るような。今でもはっきりと覚えています。見るも無残で、言葉を失いました。

五間櫓

五間櫓の被災状況。崩れた石垣と建物の損傷が分かる
五間櫓周辺の被害の様子。補修用シートと崩落箇所が見える
五間櫓
五間櫓付近の崩落箇所。石垣の破損と斜面の崩れが分かる

ビニールシートを掛けた後でも地すべりでこんな状態に。

被災した熊本城の城内景観。崩れた構造物と静かな空気が伝わる場面

その空間には、観光地のざわめきも、城を見上げる歓声もない。

ただ、沈黙だけ。

「これは……復元できるのだろうか」

心の中で、そうつぶやいていた。

二の丸へ

熊本城の復興見学ルート案内(現地掲示のルート図)

しかし、二の丸広場までは上がることができました。大天守はこのよう状態で。

二の丸へ向かう途中から見た被災箇所。崩落した石垣や損傷部が見える

二の丸広場から見上げた大天守

二の丸広場から見上げた大天守。屋根の歪みと損傷が分かる
二の丸広場からの天守周辺。損傷した外観が見える別角度
大天守・小天守・宇土櫓を望む。被災後の姿が並ぶ全景
大天守と小天守と宇土櫓
天守周辺の被災状況の別カット。外壁や屋根の損傷が見える

かろうじて二の丸広場までは進むことができました。。 そこから見た大天守は、かつての雄姿とはかけ離れた姿だった。

屋根は歪み、構造は痛々しいほど露出し、傷口をさらしているかのようでした。

本来なら、この構図は最高の写真になるはずなのに。 そこには、誇らしさではなく、ただ現実の重さだけがあった。

西大手櫓門付近

西大手櫓門付近の被災状況。立入規制の雰囲気が伝わる場面

これ以上は、進めませんでした。

半年後、戌亥櫓で見た光と影

震災から半年後の熊本城(戌亥櫓周辺)。崩落跡と残った構造が見える

震災から約半年後、規制が緩和され、再び熊本城へ近づくことができました。

そこで目にした戌亥櫓の姿は、「奇跡」としか言いようがなかった。 崩れ落ちた周囲の石垣の中で、一本の石垣が、信じがたいほどの姿で立ち続けていたのです。

その瞬間、思わず口からこぼれた言葉はひとつだった。

山城Q
山城Q

「これは、現実か」

破壊の中に残された一本の石垣は、絶望ではなく、むしろ“耐えた証”としてそこにありました。

戌亥櫓付近の石垣。崩落の中で残った角の構造が分かる
戌亥櫓周辺の被災石垣。崩れた石と残存部の対比が見える

戌亥櫓の有名な写真。それにしても、角が如何に強固なものなのかを物語っています。

熊本城の崩れた姿は、単なる歴史的建造物の損壊ではありません。

それは土地の誇りであり、記憶であり、象徴だったものが、目の前で傷ついたという現実でした。

第一部の結び

この日の熊本城は、美しさではなく、壮絶でした。 だが、その姿を見たからこそ、

・再び季節が戻る日 ・大天守が空に甦る日

の意味が、深く刻まれることになります。この記録は、喪失の物語であり、 そしてこれから始まる「再生」の序章でもあります。


次回 第二部|季節が戻る熊本城 ― 桜と紅葉に包まれる再生の風景 へ続く

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