奈良

高取城(奈良県高取町)|構造だけで没入を完結させた、日本三大山城の到達点

山城ACTレベル:上級 ★★★
山城Wレベル:W5 ★★★★★

山城ウェルネス

山城ACTレベル:上級(★★★)
往復4時間の行程を通じて、切通・石段・門・高石垣が途切れなく連続する。登攀量と歩行距離が長く、体力配分と集中の維持が不可欠。途中で気を抜く余地は少なく、身体が自然と「城に入り続ける」状態に置かれる。

山城Wレベル:W5(★★★★★)
猿石を境に空気が切り替わり、門を越えるごとに防備と緊張が積み重なる。山頂到達後も広大な曲輪と高石垣が続き、体験は収束せず、最後まで一本の線として持続する。宗教的装置に頼らず、構造と時間によって没入を完結させる、構造完結型の最高到達点。

主なルート
登城口 → 猿石 → 二の門 → 松ノ門 → 宇陀門 → 千早門 → 大手門 → 本丸

所要時間
往復 約4時間

駐車場 アクセス

この時は、まだまだメジャーではなく、かなり奥まで車で登ることが出来ました。しかし、今は観光客増加に伴い、上記駐車場の使用をお勧めします。

現地レポート

登城口~猿石まで

高取城 登城口周辺の山道
高取城 登城道沿いの岩場
高取城 登城道に現れる岩塊

いきなり大量の岩石に、胸もトキメキマス。

高取城 登城道の岩と斜面
高取城 登城道の岩盤
高取城 登城道の切通
高取城 切通道の続き
高取城 登城道の切通と藪
高取城 登城道の切通道と藪

基本的に、このような切通道を登ります。そこに至るまでのちょこちょこ石積みがありますが、1月でも結構な藪です。

(中間分岐点)猿石

高取城 猿石

この城のシンボル「猿石」。麓には、明日香村があります。そこには、亀石や二面石など、謎の石像がたくさんありますので、これもその一つなのかと思います。

「猿」=「去る?」=「魔物が去る??」で結界とか。

猿石を境に空気が変わった。ここからが本当の高取城。

いよいよ二の門から入ります

高取城 二の門付近

その脇の池。こんな山頂にこれだけの規模の池はそんなにありません。

高取城 二の門脇の池

そこから見上げた三ノ門櫓方面。高い!

高取城 三ノ門櫓方面を見上げる

国見櫓からの展望

高取城 国見櫓からの眺望
高取城 国見櫓付近の景色

やっぱり寒い時期の朝一は、眺めが最高!奈良の端っこだけに、奈良盆地が良く見える

松ノ門からが実質的な城内

高取城 松ノ門付近

宇陀門付近

高取城 宇陀門付近の石垣
高取城 宇陀門周辺の通路

千早門付近

高取城 千早門付近

辺りに瓦が散乱

高取城 散乱する瓦片

壺坂口中門

高取城 壺坂口中門付近

大手門から本丸

高取城 大手門付近
高取城 本丸へ向かう石垣
高取城 本丸周辺の石垣
高取城 本丸手前の遺構
山城Q
山城Q

ものすごい防備で開いた口が塞がりません。。。

この城は、細かく門の名前が付けられ、その場所その場所で見どころがあります。やはり、千早門を越えて、三の丸に入ったあたりから、野面積みから、打ち込みハギが多様されていて、美しい。

高取城 三の丸付近の石垣

この辺りは、谷積みに見えるので、江戸時代ぐらいでしょうか。

みどころはここ!

高取城 打ち込みハギと野面積みの石垣
高取城 石垣の積み方の違いが見える箇所

この打ち込みハギと野面積みの合わせ技!美しすぎる。そして、どれだけの土木量!お金が掛かっている。

みどころはここ!②

高取城 本丸の高石垣
高取城 本丸高石垣の別角度

本丸の高石垣!ここは、標高約600mですよ。

よくもまあ、これだけの石垣を築いたものです。たぶん、花崗片麻岩だと思います。やっぱり、泥岩や砂岩ではここまで積み上げることは出来ませんよね。花崗岩最高!

本丸に入る

高取城 本丸入口付近
山城Q
山城Q

ここのクランクはスゴイなあ

高取城 本丸のクランク(折れ)
高取城 本丸周辺の防衛構造

本丸の最後の防衛拠点だるこのクランク。この手の込みようは、近世城郭に見る到達点。個人的に、熊本の「佐敷城」の凝りようを思い出します。

高取城 本丸の広い曲輪
高取城 本丸周辺の景観

この余裕のある山頂敷地面積。ここが標高約600mだということを忘れます。なんという広さ。雰囲気的には、大分の岡城や朝来市の竹田城にも近い気がします。

高取城 本丸付近の眺め

この城の概要

高取城(たかとりじょう)は、奈良県高市郡高取町の高取山(標高583.9m)山頂に築かれた中世~近世の山城で、日本三大山城(備中松山城・岩村城と並ぶ)の一つ、国指定史跡および続日本100名城に選定されています。

元弘2年(1332年)頃に越智氏が築城し、天正13年(1585年)に豊臣秀長家臣の本多利久が本格的に拡張・天守を築き、江戸期には植村氏が高取藩の居城として使用しました。

城域は郭内周囲約30kmと日本最大級の規模で、本丸・二の丸の高さ10m超の石垣や曲輪・堀切などが良好に残り、麓からの比高390mの難攻不落の堅城として「日本一の山城」と称される人気の史跡です。

地質 周辺環境

高取城周辺の地質図(引用図に加筆)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

地図を見ると、この高取城を境にして、上下で地質が違うことが見て取れます。

高取城周辺の地質図(拡大、引用図に加筆)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

もう少し拡大してみると、非常に分かりやすい。ピンク地質は「花崗片麻岩」です。ちなみに、この辺りは、「領家変成帯」と言われています。「領家変成帯」については、長篠城でも解説しております。つまり、上記の赤線は、、、

山城Q
山城Q

中央構造線!

ということになります。

注目するべきは、その地下

ここは「中央構造線」の「境」にあるという点は見逃すことはできません。

国土地理院図(引用図に加筆)
引用元:国土地理院ウェブサイト(当該ページ)を当ブログ管理者Qさんが加筆修正したものである(スマホで拡大可能)

この辺りの花崗岩帯は、中央構造線に沿って、長篠城、果ては長野県まで伸びており、その際には重要なお城があります。河岸段丘のようになっていたりするので、堅固な城を作るのに好条件だったということでしょう。

花崗岩は、本来は地下深くにあるものが、なぜ、こうも広範囲に地表に出てきたのか。。。それは、フィリピン海プレートの沈み込みにより、削り取られ「付加体」となり地上にせり出したからです。名称としては、「領家変成帯」と「四万十帯・日高川層群」。つまり、

地質区分を示す図(引用図に加筆)
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

ピンクが「領家変成帯」で花崗片麻岩
中央構造線を挟んで、グレーが「四万十帯・日高川層群」で砂岩・泥岩
になります。

この豊富に取れる大量の「花崗片麻岩」が、この高取城の築城に深く関与しているのです。砂岩・泥岩ではおそらく難しく、「花崗片麻岩」だからこそ、しっかりとした城を作ることができそうですね。

周辺観光・温泉(地域共鳴)

温泉
橿原ぽかぽか温泉
登城後の身体回復に向く。

観光地
・明日香村
城下から近く、石造物や集落景観を含めた回遊が可能。

この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
登城口から本丸まで、切通・門・石垣・曲輪が一切途切れずに連続する。到達点で終わらず、到達後も歩行と緊張が続くため、体験が途中で分断されない。長時間歩かされるのではなく、歩くこと自体が城体験として統合されている。

② 遺構の密度と連続性
二の門・松ノ門・宇陀門・千早門・大手門と、防備が段階的に重なり、進行に合わせて空間の圧が増していく。個々の遺構が目立つのではなく、連なりとして機能する点に、この城の完成度がある。

③ 山頂規模と石の異常性
標高約600mの山頂とは思えない敷地規模と石垣量。高石垣・クランク・広い曲輪が集中し、山城のスケールを逸脱している。人工構造と地形が拮抗し、最後まで主導権を渡さない

気づき

高取城は、祈らせる城ではありません。構造と距離と時間だけで人を引きずり上げる城です。

猿石を境に始まる緊張は散らばらず、回収され、最後まで切れない。山城ウェルネスの視点では、構造のみで没入を完結させたW5の完成形と位置づけて良いと思います。

免責

本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。

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