熊本

宇土城(熊本県宇土市|近世宇土城)|統治のための段丘城

山城ACTレベル:初級 ★☆☆
山城Wレベル:W1 ★☆☆

山城ウェルネス

山城ACTレベル:初級 ★☆☆
本丸周辺は短い距離でまとまっており、駐車場からの行程も取りやすいです。遊歩道も整備されているため、山城ビギナーや中高年の方でも落ち着いて歩きやすい負荷感です。

山城Wレベル:W1 ★☆☆
高石垣や空堀、段郭がコンパクトな範囲にまとまっており、「石垣のつくり」を短時間で見比べやすいのが特徴です。行程が短く身体への負担も小さいため、散策感覚で「近世城郭の空気」にふれてみたい方に向いたW1(★☆☆)としました。

主なルート
・宇土城跡公園駐車場 → 本丸周辺の石垣・空堀 → 段郭を周回して駐車場へ戻る周遊コース

累積標高差と所要時間
累積標高差:未計測 / 所要時間:往復+散策でおおよそ30分〜1時間(撮影・説明板を読みながら歩くペース)

アクセス・駐車場

自家用車:松橋ICから約20分/宇土市街地から約10分。
駐車場:宇土城跡公園に無料駐車場あり。

現地レポート|ルートと見どころ

本丸周辺 清正時代の石垣

宇土城跡 本丸周辺に残る高石垣の全景
宇土城跡の石垣と斜面の勾配を下から見上げた様子

現在見られる石垣は、小西行長の時代のものではなく、その後に加藤清正が整備に関わったと説明されていました。
確かに、反りや角の出し方に「熊本城っぽい」と感じるところがあります。なるほど。

宇土城跡 本丸へ続く石垣沿いの道
宇土城跡 石垣下の空堀と斜面
宇土城跡 石垣の折れと反りを間近で見た様子
山城Q
山城Q

傾斜具合が熊本城っぽい!?

宇土城跡 本丸石垣を上から見下ろした風景

天草五人衆との関り

宇土という場所を見ていくと、「天草へ向かう入口」という位置づけが分かりやすいです。海側へ抜けるルートを意識すると、城の立地の意味も見え方が変わってきます。

天草諸島方面の海と島々を望む風景

天草には、「天草五人衆」という
天草氏・志岐氏・大矢野氏・栖本氏・上津浦氏
がそれぞれ勢力を持っていたとされます。

また、行長が宇土新城を築いた時期の周辺情勢は複雑で、地域の動きと宇土の立地がどう関わったのかは、資料を追うほどに「一筋縄ではいかない」印象が強くなります。

このあたりは、断定よりも「そういう緊張感のある場所だった」という実感の方が先に立ちます。

この城の概要

宇土城(近世宇土城/宇土新城)は、熊本県宇土市に小西行長が豊臣秀吉の九州平定後に築いた平山城で、宇土古城の東側台地上に位置します。

関ヶ原の戦い後は加藤清正の支配下で石垣などが整備され、熊本城に通じる反りや折れの技法が見られる近世城郭の特徴を残しています。

現在は宇土城跡公園として本丸周辺の高石垣・空堀・段郭が保存されており、宇土古城とセットで中世から近世への城郭移行を体感できる史跡です。

地形・地質のポイント

宇土古城と宇土城周辺の地質区分を示したシームレス地質図
引用元:産総研地質調査総合センター,20万分の1日本シームレス地質図V2(地質図更新日:2022年3月11日) より山城渡りQが加筆・修正したものである (スマホで拡大可能)

宇土古城と宇土(新)城は、立地の質感が違って見えます。宇土古城側は岩盤がしっかりした丘陵に見え、宇土(新)城側は台地の平坦面に乗っている印象です。

近世宇土城の石垣に使われた石材は、周辺の岩石帯から運ばれた可能性もあります。ただし、ここは現地の石材解説や調査資料を確認してからの方が確実です。

宇土城跡の斜面に露出した段丘堆積物層のようす

段丘堆積物層です。

宇土古城では、なぜダメなのか

宇土古城と宇土城の位置関係を示す現地説明板

① 中世的な山城から、近世城郭への転換期だった

宇土古城(西岡台)は、丘の上に段郭がまとまる中世的な城のつくりです。一方で、豊臣政権期以降の城づくりは、山上の防御だけではなく、

  • 城下(町)との関係
  • 街道・港へのつながり
  • 行政の拠点としての扱いやすさ

といった要素が、より重要になっていった時代です。宇土古城の立地は、中世の論理では強いのですが、時代の要請が変わっていった可能性はあります。


② 新城側は「運用しやすい場所」だった

宇土新城(段丘上)は、城の周辺に平坦面があり、出入りや動線をつくりやすい印象があります。山上の宇土古城に比べると、日常運用の負担が小さく、施設配置も考えやすかったのではないか、と想像しました。

宇土新城(段丘上)は、

  • 平坦地が多く、施設を置きやすい
  • 海側・街道側へ出やすい
  • 周辺の往来を見やすい

といった利点が想像できます。ここは断定ではなく、「現地を歩くとそう感じる」という話です。


③ 当時の地域状況が複雑だった

宇土・天草周辺は、当時の勢力関係や地域の動きが複雑で、単純に一つの理由にまとめにくい地域だと思います。城の選択にも、軍事・交通・行政など複数の要素が絡んでいたはずで、ここは資料に当たりながら丁寧に見ていきたいところです。


④ 地形(台地の平坦面)という合理性

宇土古城(旧城)
→ 丘の上に段郭がまとまる
→ 見晴らしと防御の論理が立ちやすい

宇土新城(新城)
→ 台地の平坦面が使える
→ 施設配置や動線の合理性が立てやすい

石垣に使う石材は、必ずしも城の直下だけで完結しないので、調達ルートも含めて考える必要があります。ここは、地形と運用のバランスをどう取ったのか、という視点が残ります。

「守りやすさ」だけではなく、「扱いやすさ」も優先したのかもしれない。

そう考えると、宇土の二つの城の意味が、セットで見えてきます。


この山城の魅力|3つのポイント

① 体験価値(ウェルネス)
駐車場から短時間で本丸周辺へ上がれる近世城郭で、石垣や空堀をのんびり歩きながら「宇土半島の玄関口」に立っている感覚を味わえます。足腰への負担も少なく、中高年でもゆったり散策できます。

② 遺構の固有性
本丸周辺には高石垣が残り、折れや勾配の出し方に「熊本城に通じる雰囲気」を感じる場面があります。空堀や段郭もまとまっており、近世城郭の要素をコンパクトに観察できます。

③ 景観・地形の固有性
台地上に築かれた平山城で、宇土古城と近い距離に並ぶのが特徴です。台地端からは宇土半島の地形と海への開けを体感でき、周辺を見渡す視点が得られます。

周辺観光・温泉(地域共鳴)

免責

本記事は個人的な体験・調査および公開資料に基づくものであり、歴史的事実や地質・効果などを断定するものではありません。訪問の際は最新情報をご確認のうえ、体調や安全に十分ご配慮ください。

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