山城ACTレベル:中級 ★★☆
山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス
山城ACTレベル:中級 ★★☆
登城口から主郭までの行程は30〜45分程度で、アップダウンが連続します。岩場の危険性は高くないものの、シラス地形特有の滑りやすさがあり、足運びには注意が必要です。総合的に、体力・注意力の両面で一定の負荷がかかるため、ACTレベルは中級(★★☆)と判断しました。
山城Wレベル:W3 ★★★
切通崖や深い堀切が連続し、進むにつれて空間の圧が強まっていきます。迷路的な構造により方向感覚が揺さぶられ、場への没入感が非常に高いのが特徴です。下山後も感覚的な余韻が長く残るため、山城ウェルネスとしてはW3(★★★)相当と評価しました。
アクセス・駐車場
事前確認:天候によって地面が滑りやすくなるため、晴天続きの日の訪問がおすすめ。
自動車:薩摩川内市街地から約20分。登城口付近に駐車余地あり。
登城道:谷沿い→尾根上の曲輪群へ進む一般ルート。道標は少なめのため注意。
現地レポート|ルートと見どころ


現地の案内図を見ると、まず最初に感じるのは「とにかく巨大な山城」という印象です。
尾根が長く伸び、谷を挟んで郭が連なる構造は、図を見るだけでスケールを想像できます。
そして、清色城は「入来麓の武家屋敷群とセットで訪れたい場所」です。

実際の入口は、小学校の北西らへんにあります。
最大規模の垂直切通崖のインパクト


ここが入口?


ほっそ!
なんという垂直崖。自然の浸食なのかどうか。入口がここだけなら、こんなあからさまな仕掛けでも、侵入に苦労しそうです。

シラス土壌だから出来るんでしょうね。岩石だとこうは削れない。

松尾城

まずは「松尾城」と呼ばれる郭に立ち寄りました。
ご覧のとおり、ロープで立入が規制されている場所があり、シラス土壌特有の“もろさ”を実感します。
縁まで近づくことはできず、もし端に寄れば、先ほど確認したような切り立った崖へつながってしまいます。足元の状態を見ながら、慎重に歩く必要があります。

これがシラス土壌。火山灰です。普通の運動靴だと、細かい粒が靴の中に入ってきます。
しかも滑りやすく、非常に厄介モノ。歩くときは、足裏の接地と重心の位置を少し意識するだけで安全性が変わります。
そそり立つ切岸



切岸というか空堀というか切通というか。定義が良く分からなくなるぐらいの高さです。そして、自分が今どの場所にいるのか、さっぱり分からなくなる迷路感がスゴイ。


この看板だけが頼り。しかも、進入禁止っぽいところもたくさんあります。どこだここは。

う~~ん。すごい崖です。シラス土壌が剥き出し。
登ったり、下ったり、また登ったり



道順はあるものの、
上がったり下がったり
下がったり上がったり
の繰り返し。相変わらず、あんまり端っこには行くことはできません。
中之城跡


求聞持城



求聞持城~物見之段までの尾根道


尾根道のような場所もありますが、シラス土壌なので、このロープは大事です。


そして、小学校へ

気が付けば、降りてました。というか、強制的に排出させられた感じです。しかも、出口を意図した場所とは違うところです。まさに迷路のような山城でした。
この城の概要
清色(きよしき)城は、鹿児島県薩摩川内市入来町浦之名にあった中世の山城で、入来院氏の本拠地として南北朝時代頃に築城されたとされる。
シラス台地を利用した切り立った空堀が特徴的な縄張りを持ち、曲輪群が東西750m、南北600mに広がる。
一国一城令により廃城となり、現在は国の史跡に指定されている。
地形・地質のポイント
- シラス台地(火砕流堆積物)の縁辺部に立地
- 比較的崩れやすい地形を防御に活かしている
- 尾根の切れ込み(堀切)と急斜面の配置が合理的
シラス地形の“もろさ”と、深い切通・堀切が組み合わさり、薩摩らしい中世山城の個性がよく表れています。
この地域のシラス台地については、知覧城のページを参考
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
谷沿いの急登から一気に稜線へ抜ける変化のある登りが特徴です。歩くほどに集中と解放が切り替わり、登りきった山頂の静かな空気で場が落ち着いていきます。
② 遺構の固有性
清色城は、薩摩の山岳城郭らしく尾根の段郭・切岸・堀切が明瞭に残り、とくに主郭背後の深い堀切が印象的です。曲輪の規模は大きくないながら、薩摩の中世城郭の特徴をよく示す構造がコンパクトにまとまっています。
③ 景観・地形の固有性
山頂近くの主郭からは、川内川流域の山々を大きく見晴らす高台景観が得られ、「薩摩の峻険な山城」の雰囲気を存分に味わえます。シラス台地の縁辺部にあたる地形で、崩れやすい斜面や切れ込みをうまく利用した立地が特徴です。
入来武家屋敷群にて

武家屋敷が並ぶ一角は、地元では「麓(ふもと)」と呼ばれていました。これは、城のふもとに家臣団がまとまって暮らす、薩摩独特の集住のかたちです。
歩いてみると、石垣の低い塀や曲がりくねった小道がそのまま残り、「なぜこれほどまでに武家屋敷が残っているのか」という疑問が出てきました。
麓は、城下町とは少し違い、領主の近くで暮らしながら、日常の営みを含めて“武家としての規律”を保つ場所として整えられた区域だそうで、薩摩藩ではこの仕組みが各地に残り、幕末の動きとも深くつながっていったことが、現地に立つと自然に実感できます。
「麓(ふもと)」とは
旧増田家の秘宝を拝見

その一つに入ってみました。


驚愕の展示物が!!

お客さんが管理人だけでしたので、スタッフの方と話し込んでいるとこんなモノを見せてくれました。
金魚が泳いでいる??
違います。絵です。お皿に水をそそぐと、まさに金魚が泳いでいるように見えます。ものすごい描写力。もはや芸術品の域。ちょっと感動しました。

これって、、、普通に置かれているけど、、、、資料館とか博物館級の品物ではないのでしょうか。



この重箱も、、、普通に置かれていますけど、どうみても普通~~の、重箱には見えないのですが。殿様か身分の高い方が使うもののような。本当にびっくりしました。
周辺観光(地域共鳴)
川内川 薩摩の田園風景
主郭から望む山並みと川内川流域は、そのまま地域の暮らしの歴史につながる景観。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。




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