山城ACTレベル:中級 ★★☆ 山城Wレベル:W3 ★★★

山城ウェルネス
ACTレベル:中級 ★★☆
登山口から宿直・一の丸・二の丸まで、切通しの急登を登り詰める行程で、体感的にはしっかり運動量があります。整備された登山道で危険箇所は多くない一方、梅雨時や夏場は湿度が高く、負荷が増しやすいルートです。歩き慣れていない場合は、余裕を持った時間配分が無難だと感じました。
Wレベル:W3 ★★★
谷を詰める登りの途中で現れる摩崖仏・石仏群、不動清水の小祠、宿直から一乗谷を見下ろす眺望など、印象に残る要素が連続します。人の少ない時間帯は、破壊された石仏群や谷底の静けさが際立ち、没入感が強くなりやすい。歩行負荷と体験密度のバランスから、W3 ★★★としました。
今回のルート
馬出ルートを軸に、登山口〜切通し〜摩崖仏・石仏群〜不動清水〜宿直〜一の丸・二の丸を往復するコースが標準的です。谷筋の一本道を詰めていくため道迷いの心配は少ない一方、登りはじわじわと負荷がかかります。
累積標高差と所要時間
所要時間:2〜3時間(目安)
遺構をじっくり観察したい場合は、プラス1時間ほど余裕を見ておくと安心です。
地形の特徴
深いV字谷の奥を一直線に詰める切通しの急登と、その先に連なる尾根上の曲輪・堀切・土塁がセットになった「谷城+尾根城」の構成です。谷底から一気に標高を上げる導線そのものが、防御線として働く地形が特徴的です。
駐車場 アクセス

2011年時点では、この城の登り方が分かりませんでした。
ネット情報も普及しておらず、調べても、はっきりせず。しかし、「どうも神社の前から登るらしい」ということが判明。一乗谷朝倉氏遺跡よりも山城に登りたかったのであった。
現在では、「馬出ルート・下城戸ルート・三万谷ルート・英林塚ルート」の4ルートがあるようです。

ここの一乗谷朝倉氏史跡は、戦国4代朝倉孝景の頃から全盛期を迎え、最盛期には人口1万人を超え、越前の中心地として栄えていたとのこと。
特別史跡は、「史跡の中でも特に重要と認められたランク」です。
現地レポート


なんという大きさ。安山岩と考えられている。上城戸と下城戸があります。

重さ10トンの岩もあるとのこと。どうやって積み上げた!?スゴイ。
「馬出しルート」からいざ登城

「馬出しルート」というものの、2011年頃は、そんな名称はなく

たぶんこの辺りなんだが
入口を探してこのあたりと彷徨う(今は立派に案内があるようです)。この際は間違って、八幡神社の境内に登り、さらに神社裏から登ろうとしたが、何もなかった。
そこで、オカシイと思い再び階段を降りて、周辺を探索すると右側に


やっと看板を発見

これこれ!順調順調

途中に、他のパーティと合流する。純粋な登山者でした。良し道は合ってた!

途中にこのような石仏があり。首!首!!
砂防は無関係です


まさか!!これが!
と、思いますが、砂防ダムでした。そらそうですよね。
地蔵菩薩の「摩崖仏(まがいぶつ)」から始まる


それにしてもなぜ、地蔵菩薩なのだろうか。近くに永平寺がありますが、直接の関係は分かりません(このあたりは知識不足)。

これは何を表しているのだろうか。狛犬??謎です
きつい切通道を進む





地図でもわかりますが、一本道です。
いよいよ城内へ 土塁防壁



ひたすら登ります。この時は、6月の梅雨時。しかも、前日は雨で湿度がMAX。大量の汗を搔きながら、蒸し暑い切通を歩く。

もうヘトヘトです。やばい。ダメかもしれない。
【中間分岐点】この時に見つかった?不動清水? 2011年6月

実は、この時、「草刈り作業」をされていた方がいて。(暑い中ご苦労様です)
「ほら!今、見つけた。お不動さん」
と教えてくれました。土に埋まってたらしく掘り出したとのこと。確かに、今しがた掘り出された感じです。ここは、水が出ている場所。

なんというぜ絶妙なタイミング
蒸し暑さと大量の汗でかなり危なかったです。当時の人も厳しかったのではないでしょうか。そんな疲れがピークの位置に、湧き水とか。考えて作られたとしか思えません。
破壊された たくさんの石仏

個人的な見どころ


これら破壊された石仏は何を意味するのでしょうか。なぜ、壊す必要がある!?落城時に壊されたのでしょうか。表面に出ているだけでもこれだけあるのに地中にはもっとうまっているかもしれません。このようにたくさんの石仏がある山城は、
滋賀の長光寺城
にもありました。
門柱の跡!?


門柱跡と楚石。建物が建っていたのでしょうね。
本格的な堀切に出会える 一の丸 二の丸






各曲輪の境に堀切があります。しかし、整備はされておらず、ここまで来る登山者もいません。
馬出し部分

宿直からの眺望

ばっちり眼下を見渡せます

う~ん、どうしてこの谷に城を築こうとしたのだろうか。谷だけに、その拡張性は乏しく
攻められたら、逃げられないのに。詳しいことは分からない。

ワンゲルのワンポイント
電線を見つけると、現在位置が分かりやすい

黒丸の位置が「宿直」だと思われる。

この城の概要
一乗谷城は、福井県福井市の一乗谷の背後に築かれた戦国期の山城で、朝倉氏の居城である一乗谷城下町の防衛拠点として機能した。
尾根と山腹に宿直・一の丸・二の丸を中心とする曲輪群を段階的に配置し、堀切・土塁・馬出し・門柱跡などの多重防御を施した実戦的な構造が特徴。
深いV字谷を活かした谷城+尾根城の構成で、谷底から急登する切通し自体が防御線として働き、周囲監視と迎撃に特化した要塞的な山城である。
なぜ「一乗谷城」は要塞といえるのか
一乗谷城の山頂部は、尾根と山腹に曲輪と堀切を段階的に配置した「尾根主軸の防御構造」が特徴です。
谷側から切通しの急登で一気に標高を上げ、宿直・一の丸・二の丸へと尾根筋をたどる導線は、侵入経路そのものが防御線として機能する構成になっています。
尾根斜面には堀切や土塁が連続し、局所的に露出する岩盤や転石を取り込みながら縄張が形成されています。自然地形と人工構造が密に重なった、実戦的な地形利用が読み取りやすい山城です。
一乗谷城の山頂部は、麓の城下の生活空間とは空気が変わり、「守るための構造」が前面に出てきます。
穏やかな谷の生活世界と、山上の軍事空間。このコントラストが強いので、一乗谷城は「要塞的な山城」として記憶に残りやすい城だと感じました。
この山城の魅力|3つのポイント
① 体験価値(ウェルネス)
湿った空気の切通しを一歩ずつ登るうちに、呼吸と足運びに意識が集まっていく、中級クラスの山城ハイクです。石仏や不動清水の小祠でふと足を止めると、谷の静けさがいっそう濃く感じられます。
② 遺構の固有性
摩崖仏や石仏群と、門柱跡・堀切・馬出しが同じ谷筋に並び、信仰の痕跡と軍事の構えが同居する珍しい構造が見どころです。宿直周辺に連続する曲輪と土塁が、防御線としての輪郭を分かりやすく伝えてくれます。
③ 景観・地形の固有性
深いV字谷の奥から一乗谷を見下ろす眺望は、「谷に抱かれつつ見下ろす」独特の視点が印象的です。谷底から一気に詰める急登が、逃げ場の少ない谷城の厳しさを足腰で実感させます。
周辺観光・温泉(地域再生)
温泉|佐野温泉 福の湯(車で約15〜20分)
一乗谷から無理のない距離にある日帰り温泉。地元利用も多く、観光地色が強すぎない点が、山の余韻を切りしにくいと感じました。
※営業情報は公式サイトで要確認。

福井県と言えば、恐竜 「福井県立恐竜博物館」
国内でも規模の大きい恐竜博物館で、巨大骨格と化石群が並ぶ展示は迫力があります。
谷の戦国空間から一転して、「地球の時間」に視点が切り替わるのが面白い。
午前:一乗谷散策 → 午後:恐竜博物館、の組み合わせも組みやすいです。




恐竜系の施設は各地にありますが、福井は規模と展示の密度が別格に感じます。管理者も化石レベルは持っておりますが、ここはさすが。特に、「アンモナイト」の化石群には度肝を抜かれました。写真はないですが、「巻いていない」のがありました。
免責
本記事は、現地での観察メモをもとに整理し、筆者なりの解釈を加えた記録です。史実の正確性を保証するものではありません。また、整備状況・所要時間・交通手段・施設情報等は変更される可能性がありますので、訪問の際は必ず最新情報をご確認ください。








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